第17話 食堂で天使を目撃する
俺の名前は
周囲には秘密だが、筋金入りのオタク野郎である。
俺はとある事情から地元を離れ、この豊穣学園に無事入学を果たした。
しかし、豊穣学園は中高一貫の学校であり、俺のような外部受験者はどうやら非常に少ないらしい。
当然ながら知り合いもいなければ、友達も存在しないワケで、現在順調にボッチ化進行中である。
まあ、知り合いがいないことについては望む所であったし、友達に関しても元からいなかったので問題ないだろう。
……ああ、問題ないとも。
そんな俺は、当然ながら昼食もボッチである。
この学校には学食があるため、教室で疎外感を感じながら昼食を取る必要が無いのは幸いだった。
流石に、トイレ飯などという衛生面で宜しくない行為はしたくなかったからな……
(それにしても、ここの学食の料理は本当に美味いな……)
情報サイトの口コミなどで知ってはいたのだが、この学校の学食は本当に美味かった。
俺が頼んだのは無難な日替わり定食だったのだが、どのおかずもとても良く出来ており手抜き感が一切ない。
このレベルであれば、明日以降の日替わり定食にも期待できそうである。
そんな事を考えながらエビフライを咀嚼していると、視界の隅に数少ない知り合いの姿を捉える。
それは先日俺の事を助けてくれて男、塚原と……
(マイエンジェル柚葉たん!)
思わず立ち上がりそうになって、少し挙動がおかしくなった。
しかし、まさか柚葉たんが学食を利用するとは……
正直、外見からして学食を利用するようなタイプには見えない。
そもそも彼女は確か中等部の生徒の筈だが、学食を利用して良いのだろうか……?
そう思って周囲を見渡すが、良く見ると中等部の生徒も僅かだが存在するようだ。
どうやら、禁止されたりはしていない様子である。
しかし、明らかに少数派であることは間違いないだろう。
(……となると、恐らくはあの塚原達との付き合いってところか?)
あの純粋無垢たる柚葉たんを、こんな学食に連れ出すのとは……
いや、彼女はどうやら塚原に惚れているようだし、自分からついてきたのかもしれないが……
食べる事も忘れて柚葉たんのことを凝視していると、突如非常に目つきの悪い男と目が合う。
俺は慌てて目を逸らし硬直していたが、特に何かを言われる様子は無かった。
(な、なんなんだあの恐ろしい目つきをした男は? 殺し屋か何かにしか思えなかったぞ……)
その男は、どうやら斜め前のテーブルに着席したようである。
距離は少し離れているし、こちらには背を向けているので何かしら声を掛けられる様子は無さそうだ。
目が合った時は殺されるかと思ったが、幸いなことに俺は認識されていなかったようだ。
自分の影の薄さに感謝しつつ安堵していると、塚原達ご一行がこちらに向かってくるのが確認できた。
(つ、塚原待て! こちらには危険人物が!)
俺は慌てて塚原達に危険を伝えようとしたが、残念ながら声は出なかった。
当然と言えば当然である。何せ俺は元引きこもりなのだ。
こんな場所で人に声をかけるなんて、出来るはずがない……
しかし、俺が止められなかったせいで、塚原達はあの危険人物の方へ向かってしまう。
(くっ……、俺が情けないばかりに……、ってアレ? やけに親し気にして…、まさか、塚原達の知り合いなのか?)
塚原達はあの危険人物に親し気に声をかけつつ、一緒に飯を食べ始める。
どうやら本当に知り合いだったらしい。
いや、それどころか、友達……、なのだろうか?
あまり会話はしていないようだが、何やら親し気な雰囲気が出ている気がする。
しかし、だからと言って柚葉たんをあの危険人物に近づけるのはどうかと思うが……
俺は少し冷めてしまった飯を口に運びつつも、盗み見るように塚原達を観察する。
たまに見える柚葉たんの笑顔が可愛すぎて、真顔を維持するのが非常に大変であった。
そんな中、塚原が柚葉たんから弁当のおかずを貰うワンシーンがあって血の涙が流れそうだったが、俺は別に嫉妬をしているワケではない。
柚葉たんは俺にとって天使ではあるが、決して恋愛対象としては見ていないのだ。
世の紳士諸君と同じである。あくまでもノータッチの精神である。
(でも……、柚葉たんの料理を食べられるのは、正直うらやましいな……)
学食の味には満足しているが、それとこれとは話が別である。
何やらあの危険人物まで柚葉たんのお弁当を貰うようであり、羨ましさから本当に涙が流れそうであった。
(何故アイツまで……ってうおぉぁっ!?)
恨めしく危険人物の背中を睨んでいると、そいつが急に立ち上がったので、俺はビビッてひっくり返りそうになる。
一瞬俺の視線を察知されたのかと思ったが、どうもそうではないようだ。
危険人物は一言何かを言ったあと、柚葉たんに向かって深々とお辞儀をし始めたのである。
一体何故と思ったが、その後の他の面子の行動で、どうやら柚葉たんのお弁当が非常に美味しかったことが原因だとわかる。
あんな危険人物に頭を下げさせるほどの料理とは一体……?
……いや、猛獣を手懐けるかのような所業は、やはり天使たることの証明なのかも知れない。
柚葉たん……、恐ろしい子……
(ってまた手が止まっていた……。これでは折角美味しく作ってくれた食堂の方に申し訳ないな……)
そう思った俺は、ひとまず塚原達のことは見ない様にしながら、昼食を再開したのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます