第15話 食堂で女神と出会う



 学校生活における唯一の潤いとも言える時間。

 それが昼休みだ。

 この時間における昼食をより充実したものにすることこそが、苦痛な学校生活を乗り切る秘訣とも言っていい。

 午前中に失われた活気と英気を回復させ、さらに十分な蓄えを確保することで、午後の授業を乗り切るのである。

 だというのに……



(遅い……)



 昼休みが始まってから、もう既に5分以上の時間が経過している。

 奴らめ……、一体何をしておるのだ……


 それから約2分程経った頃、ようやく待ち人である二人が姿を現す。

 何故か珍しく女子が二名程一緒のようだが、俺にはさしたる興味は無い。



「遅い」



「すまんな伊藤! ちょっと諸事情諸問題があってな!」



「そんなことは知らん。俺はとにかく腹が減っているんだ。行くぞ」



 塚本の諸事情諸問題など、今は全く興味が無い。

 とにもかくにも、まずは昼食である。





 ………………………

 

 

 …………………

 

 

 ……………





「揃ったな。では頂くとしよう。……頂きます」



 俺は別に神を信じているワケでは無いが、食事前のこの瞬間だけは万物全てに感謝をし、食材全てに関わる方々に敬意を表す。

 そして、間髪入れずに箸を取り、食事にかかる。



(うまい、うますぎる……)



 ……ああ、本当に美味しい。

 まさに至福の瞬間と言っていいだろう。

 本当にここの学食の料理人は良い腕をしている……



「相変わらず美味そうに食うなぁ、伊藤」



「当たり前だ。何せ本当に美味いからな」



 美味い食事は、美味そうに食わねば失礼というものである。

 少なくともこの学食のメニューは、どれもそれに見合うレベルに達していると俺は思っている。

 この学食の存在を知ったからこそ、俺はこの学校を選んだといっても過言では無い。



(…………んぐ、む?)



 トロトロの半熟卵に身を包んだ、サクサクのとんかつを咀嚼していると、斜め前に座る少女が食べる弁当が目に入る。



(あれは……)



 俺は、学食で持参の弁当を食す輩をあまり快く思っていない。

 この学食のメニューを差し置いて、持参の弁当を食すなど愚の骨頂だと思っているからである。

 もちろん本人達にも経済的な事情もあるだろうし、コミュニケーションの場でもある以上、全てを否定しているわけでは無い。

 が、どうしても印象が悪くなってしまうのだ。

 それは、俺がこの学食を愛しているから故なのだが……


 しかし、そんな俺がまさか持参の弁当を見て、このような感情を抱くことになろうとはな……



「……朝霧さんのお弁当、なんだか可愛いね? 自分で作っているの?」



「あ、ありがとうございます。弁当は母と一緒に作っていて、大体半分くらいは私が作っています」



「そりゃ凄いね! 中等部で弁当の自作なんて中々できないと思うよ」



「で、ですから、母との合作なので、私一人で作ったわけでは……」



「いや、それでも凄いよ。なあ、伊藤?」



「全くだな。俺の妹にも見習わせたいほどだ」



 確かに、この朝霧という少女の弁当の出来栄えは見事というほかなかった。

 弁当というカテゴリにおいて、彼女のそれはバランス、見た目に関してはほぼ満点と言っていい。

 身内(?)贔屓の入っている俺にそう思わせるくらいだから、そのレベルの高さが伺える。

 これ程の弁当を妹が作れたのであれば、俺はもう少し家庭の料理というものに希望を見いだせたかもしれない。



「ん、これは、本当に凄いな。失礼な話だけど、この食堂の倍くらい美味い」



「っ!?」



 馬鹿な!? この学食の倍、だと……!?

 そんなワケがあって堪るか!

 待て……、落ち着け……、感情に身を任せて全てを否定するなど、愚か極まりないぞ……

 まずは、確認が必要だ……



「……塚原、それは聞き捨てならないな。この学食の倍美味い、だと? それはどごぞの料亭クラスという事か?」



「あ~、いや、ごめん。学食を愛してやまない伊藤の前で言うべきでは無かったな……。でも、倍は言い過ぎだったかもしれないが、本当に美味いんだよ。少なくとも俺は、この学食のだし巻き卵よりも美味いと感じた」



「せ、先輩、そんなに真剣な顔で褒めないで下さい……。学食の方々にも失礼ですよ……」



「いや、朝霧さん、俺は本気でそう思っているんだ。もちろん、俺の好みもあるだろうけど、そこは譲れないよ」



「っっっ!!!!」



 塚原がここまで言うとは……、本物か……?

 もう長い付き合いだからこそわかるが、この男がこう言うからには嘘偽りなど一切無いだろう。

 しかし、そうなってくると……



「……失礼、朝霧さんとやら。……出来れば、俺にも一品、弁当のおかずを、恵んでくれないだろうか?」



 生唾を飲み込み、喉がゴクリと鳴る。

 はやる気持ちに言葉が追い付かず、途切れ途切れにしか紡げない。

 何とも情けない姿だが、それを晒してでも俺は、この少女の弁当を食してみたいと思ったのだ。



「は、はい、その……、どうぞ」



「では、失礼して……………っ!?」



 俺は折角なので、塚原の絶賛しただし巻き卵を頂くことにした。

 そしてそれを咀嚼し、飲み込んだ時、俺は自然に立ち上がっていた。



 ――俺はこの日、豊穣の女神と出会ったのであった……


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