第2話 校舎裏の再会



 ――私にとって、あの人は恩人であり、憧れのヒーローだった。



 私がこの話をすると、ほとんどの友達は大げさだと笑ってくる。

 昔の私はすぐに、「そんな事はない」と否定していた。

 でも今は、「そうかもね」と笑って返すようにしている。

 こう返した方が、大人の対応のように感じたからだ。


 でも、本当は今も、「そんな事はない」と叫びたい気持ちでいっぱいだった。

 だって、私の言ってることは、決して大げさなんかじゃないのだから……





 ◇





「ねぇねぇ、柚葉! 今日こそ告白しに行くんでしょ!? あの人に!」



「うん……」



 教室内は、入学直後だというのに緊張感など一切なく、にぎやかな雰囲気に包まれている。

 その理由は、このクラスが初等部からそのまま繰り上がって来た生徒ばかりだからであった

 6年以上も付き合いのあるクラスメートに対し、今さら緊張感など持つ方がおかしいと言えるだろう。


 ただ、良く見てみると皆、緊張感は無くても少し浮足立っている様子はあった。

 恐らく、明日から始まる新生活に対して、期待と不安で心をそわそわとさせているのだと思う。

 もちろん、私もそんな中の一人だ。



「あれからもう3年近く経つんだもんねぇ……。柚葉は良く我慢したと思うよ……」



 ポンポンと肩を叩いてくる少女――坂本 静流さかもと しずるは、私の数少ない親友と言っていい存在だ。

 彼女は私の理解者であるとともに、あの人のファンの一人でもある。

 彼女とこんな仲良くなれたのはあの・・事件がきっかけなので、彼女もまた、あの人がもたらしてくれた宝物の一つと言っていいかもしれない。



「うん……。でも、やっぱり自信はあまり無いんだ。だってあの人にとっては、結局私なんて子供だろうから……」



「まあ、ねえ……。いくら私達が中等部に上がったからって、あの人からしてみれば小学生と大差ないだろうしね……」



 そうなのだ。

 あの人にとって、私は所詮、低学年の子供であることに変わりはないのだ。

 だから実の所、私の中では期待よりも不安な気持ちの方が強かったりする。



「でもさ、1年以上も前から今日告白するって決めてたんでしょ?」



「そうなんだけど、ね……」



 そうなのだが、やはり告白という言葉を意識するだけで、不安な気持ちはどんどんと膨れ上がっていく。

 最初から受け入れられる可能性が低いとは思っていても、当たって砕けて良いなんて気持ちには絶対になれない。。

 今日ばかりは、軽々しく告白しよっかなぁ~と言っている子達のメンタルをうらやましく思ってしまう。


 私は、自分で言うのもなんだが、普通の子達より少し変わったところがある。

 何をするにしても、物事を深く考え込んでしまう癖があるのだ

 だから皆からは朝霧さんは大人っぽいねとか、子供らしくないとか言われたりするのだけど、それは大きな誤解なのであった。



「ごめんね……、うじうじしちゃって……」



「いやいや、別に柚葉らしくて良いとは思うんだけどね? でも、やっぱ一度決めたからにはさ……」



 静流ちゃんが腕を組んで説教モードに入る。

 普段から見慣れた彼女の仕草だが、今日ばかりは少し頼もしく思えてしまう。

 そんな彼女の言葉をしっかり聞こうと姿勢を正していると、ふとその後ろで俯いている女子生徒が目に入った。



「……静流ちゃん、ごめん。その話はまた後で聞くから」



「へっ? って、あ、ちょっ……」



 静流ちゃんの横をすり抜け、私はその女子生徒の傍に歩み寄る。

 彼女はクラスがにぎわっている中、一人ぽつんと孤立しているようであった。



「?」



 前髪を綺麗に揃えたおかっぱ頭の少女が、こちらに気づいて首をかしげる。



(可愛い子だけど、全然見覚えがない……。ということは……)



 恐らくだが、この少女は外部編入の生徒なのだろう。

 そんな彼女にとって、今のこの状況はさぞ居心地の悪い空間に違いない。



「……あ、あの、なんで、しょうか?」



 不安そうな顔をする彼女に対し、私は笑顔を作って手を差し伸べる。



「初めまして。私は、朝霧 柚葉あさぎり ゆずはっていいます。よろしくね?」





 ◇





 静流ちゃんと、新しく友達になった麻生 環あそう たまきちゃんに見送られ、私は高等部のある東棟へと向かう。

 初等部とは違い、中等部は高等部と棟繋がりの同じ校舎になっているのだ。

 実はこれも、私が中等部に上がるまで告白を遅らせた理由の一つだったりする。



(初等部の頃はそう簡単に会いに来ることはできなかったけど、中等部に上がった今なら、こうしていつでも会いに行ける……)



 期待と不安に胸を躍らせ、私は渡り廊下を進んでいく。

 ここから先には高等部の生徒しかいないと思うと、少し恐怖も感じていた。

 しかしそんな恐怖は、廊下を渡りきった直後に霧散していた。

 東棟には、既にほとんどの生徒がいなくなっていたのである。



(なんで……? ……あ!)



 疑問が浮かんだ直後、私の思考はすぐに答えに辿り着く。



(そうだ……、初等部とは違って、中等部と高等部は一貫性だから、入学式が無かったんだ……)



 知らなかったとはいえ、とんだ大失敗である。

 1年以上も前から計画していた告白が、まさかこんな形でできなくなるとは思わなかった。

 別にこれで告白の機会が完全に失われたわけではないが、それなりに覚悟を決めていただけに喪失感が凄まじい。

 私はフラフラと渡り廊下を引き返し、途中でふらついて手すりにしがみ付いてしまう。



「はぁ……」



 フラれる覚悟もしていただけに、このため息には喪失感だけでなく若干の安堵も入り混じっていた。

 ただ、再び告白を計画するにしても、次の告白は今以上の覚悟を持って臨めない気がする……

 それ程までに、今日にかける思いは大きかったのだが……



「……ん? …………っ!?」



 その時、微かな喧騒が校舎裏から聞こえた気がした。

 いや、間違いない……。確かに、聞こえた……!

 普段なら聞き逃していたかもしれない程の、微かな喧騒。

 それを聞き逃さなかったのは、その中にあの人の声が混ざっていたから……



 先程まで感じていた喪失感は、その瞬間消え失せ、活力が漲ってくる。

 その活力をフルに使い、私は校舎裏へと駆け出した。


 そして――



「先輩!」



 あの日から約3年。

 こうして先輩の前に姿を現したのは、これが初めての事である。

 きっと先輩は私の事なんて覚えていないし、再会などとは思ってもいないだろう。



「大丈夫ですか! 先輩!」



「お、おい、大丈夫だから、やめてくれ。 ハンカチが汚れるだろ?」



「そんなの構いません!」



「それより、大丈夫ですか? 先輩……」



「ああ……、別に大した怪我はしてないよ。それより、君は一体?」



 ああ、やっぱり先輩は覚えていなかった。

 でもいいんだ、ここで再会できたのは、きっと運命だったんだと思うから。

 私は改めて覚悟を決め、先輩のことを見る。



「先輩は覚えていないかもしれませんが……、私は三年前、先輩に助けられた初等部の生徒です」



 先輩の反応は鈍い。

 やはり、あの時のことは、先輩にとっては取るに足らない日常だったのだろう。

 でも、私にとっては……



「それ以来、私はずっと先輩のことを見ていました。そして今年になって、ようやく同じ校舎になれたから、会いに来たんです」



 あの日以来、私はずっと先輩のことを見続けてきた。そして、三年も我慢し続けていたんだ。

 だからもう、ここまで来たら、止まることはできなかった。



「……先輩、私は貴方のことが好きです。私と、付き合ってください」





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