50.4 「探しに行こう」

 森を彷徨さまよう者の影があった。

 影は木から木へと、つたを揺らしながらだ。

 神々しい白いローブの、長いすそを引きずるように木の枝を飛び移る。

 にはもう自分が何者なのか、判らない。

 いや、最初から彼には何も判っていなかったのかも知れない。

 この森には、彼に付き従う異形いぎょうの影が多くあった。

 彼は、この異形どもがなぜ自分についてくるのかも判らず、首をかしげる。

 ――そういえば。

 かつて居た大陸では、多くの人間たちが彼をあがめたものだ。

 それももう遠い昔のことのように思える。

 彼は、島にあった暗い洞窟の中に這入はいっていった。

 洞窟の奥は暗い。

 明かりは勿論、外へ通じる亀裂ひとつないその洞窟の最深部は、なぜか明るい。

 いつからか、そこには奇妙なものがある。

 輝く女がひとり、小さな、黒い人間の子供を抱いてずっと眠っているのだ。

 彼にはそれが何かは判らない。

 ただ、決して触れてはいけないものだとは判る。

 彼は振り向いて、森の魔獣たちを威嚇いかくする。

 彼は森の賢人オランウータン。

 地上では、ある国の最高神官であった者だ。




***




 島はポート・フィレム北部を離れ、ベリルとの間の海の上空に浮かんでいた。

 オレたちは――服で旗を作って南の崖から振っていたところを無事ノートンに発見され、皇室の気球チームによって救助された。


「ノヴェル!! ジャックさん! ミラさん!」


 二人ぶんの嬌声きょうせいが聞こえたほうへ顔を向けると、サイラスとミーシャだった。

 なんて奴らだ。避難したんじゃなかったのか。


「サイラス! ミーシャ!」


 オレたちは手を振ってそれに応える。

 フィレムの森のチームも引き揚げてきていた。


「お兄ちゃん!」


 メダルを抱えたリンが走ってきて、オレに飛びついた。


「無事でよかった! 無事でよかったぁ!」


 その向こうには爺さんが立っていた。

 チャンバーレインもノートンも一緒だ。

 スプレネムの姿がない。


「スプレネム様は?」

「さっきまでいらしたが、またどこかへ逃げられたようだ。それよりノヴェル君、よくやってくれた」


 ノートンがオレの肩を掴む。


「皇女陛下も大層お喜びだ。直接ご報告したまえ。皆君たちの働きを忘れない。ジャック君、ミラ君もだ。一緒に働けて嬉しい」

「よせよ」

「――いきさつは皇女陛下から聞いている。家族のかたきは討てたか?」


 ああ、とジャックはぶっきらぼうに答えた。


「ミラ君も、ご尊父の仇を討てたか?」

「ごそんぷ? 仇をとってやるような奴じゃねえ。それにあいつは――自分で報復した」


 落下したファンゲリヲンのイクスピアノ・ジェミニは『アグーンルーへの止まり木』の屋根を突き破って劇場に落下したそうだ。

 勿論、ホワイトローズの下半身付きだ。

 セブンスシグマ――この国じゃ、シドニア一世と言った方が通じるだろうが――彼の首まで乗っていた。

 サイラスには申し訳ないが、彼の親父さんが聞いたらどんな顔をするだろうか。

 午後遅く、避難命令は解除され、避難していた市民は続々とポート・フィレムに戻ってきた。

 バリィさん、ハムハット車掌、海賊たち、ザリア人たち、巨人たち、サイラスの親父さん、ミーシャの両親、近所の親父、インスマウス村のマスターと婆さんと漁業組合員――。

 皆の街を、どうにか守った。




***




「姫様にお預かりしたナイフを、失くしてしまいました。すみません」


 構いませんよ、とミハエラ様は少しミステリアスに笑った。


「役目を終えたということでしょう」

「大事なもの――だったんですよね?」


 ノートンにはもう話してあったけど、カーライルは凄い顔をしていた。


「大お祖母様も、きっとお慶びでしょう。そんなものより、ノヴェル、あなたには後ほどもっといいものをお授けします。受け取ってくださいますね?」


 異界であったこと、島の上であったこと。

 オレはノートンやカーライルが止めるのも聞かず、深夜まで姫様に語った。

 姫様も、オレたちが戦っている間ずっとあいつの尋問をされていた。

 ツインズ・コーマだ。

 すごく沢山の情報を、奴の口から聞き出していた。

 その中には、オレが爺さんやファンゲリヲンから聞いたことも含まれていたけれど、ツインズの自白という点では大いに意味がある。

 そのコーマだが――奴は、オレたちが島から救助された後、瀕死の重傷で発見された。

 発見者はインターフェイスだ。彼女が叫んで、医療チームを呼んだ。

 奴の体を繋げていたホワイトローズの黒い糸が消えたのだ。

 白いベッドも床も奴の体からあふれ出した鮮血で真っ赤に染まっていたらしい。

 幸いにもというか、体内の主要な器官の大部分は治癒が進んでいたためかろうじて一命を取り留めた。

 以来、ずっと脳死状態になっている。

 取引にもとづき、彼には新しい戸籍が与えられたものの、彼が自由を謳歌おうかすることはなさそうだ。

 となるとジャックのことも気になる。

 あいつの、ツインズにやられた下半身の傷も治りきらないまま開いて、ズボンを血まみれにしていた。


「機能に問題はない。二三日は、血が小便みたいに出たがな」


 ――だそうだ。

 インターフェイスは、実は今、営業を再開した宿無亭やどなしていに住み込みで働いている。

 少し常識に欠けているところはあるが、物覚えもよく気が利いて、リンいわく「爺ちゃんとお兄ちゃん百万人ぶんの働き手」だそうだ。

 百万。百万とは大きくでたな。

 ポート・フィレムは、空に浮かぶ島やファンゲリヲンの車、修理中の『アグーン・ルーへの止まり木』を一目見ようと観光客でごった返している。

 アルドゥイーノとアンジェリカも観光でやってきた。


「力になれなくてすまんかったな」


 謝罪は固辞こじした。ブリタシアでは彼らに随分助けてもらったんだ。

 ブリタシアの紳士・・が訪れなくなって、経営のほうは色々と大変なんだとか。

 それもでロンディアの復興も、ゆっくりだが進んでいるらしい。


「お店にも来てよぉ! 安くしとくからさ!」

「お店って――無店舗主義なんじゃないのか?」

「オルソーに進出しようって話があるんだが、まぁ、パルマの姫さんの許可が難しくてなァ。お前のコネでどうにかならねェか?」

「ははは。無理だ。ロイヤル無店舗風俗なんかあってたまるか」


 オレは二人に礼を言って、ホワイトローズの最期を伝えた。

 礼を言いたくてももう言えない人間も多い。

 今生きている人間のすべては、オレにとって恩人だ。オレが礼をしたいと思ったとき、謝りたいと思ったとき、文句を言いたいと思ったとき、会えるんだから。

 イクスピアノ・ジェミニはここでの展示が終わったあと、フルシの美術館へ送られるらしい。

 そこで二つに分かれた『ツインズの像』と共に、世界一よく走る車として展示されるんだとか。

 あの振り子の下にだ。

 権威のある美術館と思っていたけど、なんでもアリみたいだ。まぁ、あの美術館にはそれくらいする権利がある。

 勇者たちは、皆歴史の闇に葬られはしないのだ。

 それまで人気のなかったファンゲリヲンは密かな人気がでて、オーシュ、イグズスは相変わらず子供に人気がある。

 特にイグズスは、巨人種の希望として祭り上げられている。

 ソウィユノも半分はまぁまぁいい奴だったと話しているんだけど、あまり人々には響かないようだった。

 かつての大英雄が、今度の戦いでどう活躍したかはあまり知られていない。

 アリシア様をうしなったこともあるんだろう。

 チャンバーレインは、相変わらずハックマン名義で執筆活動をしている。

 出る本は全部読んでるが、モートガルド側の視点で書かれた『堕落論:帝王は勝利という名の堕落と敗北主義者たちが嫌い』と『死の王の正体を君は見たか? 私は見た』は中々読みごたえがあったし、に落ちるところもある名著だと思う。タイトル以外は。

 変わらないこともあれば、変わってしまったこともある。

 あれ以来、色んな事が変わった。

 まず魔力だ。

 泉を多く失い、この世界の魔力はまだ回復していない。

 まずは星の魔力が戻らないと、その外側の世界の魔力は戻らないのだそうだ。

 二百年前だと三分一で五、六年は混乱が続いたらしい。


「今度は、早くても数十年に及ぶだろうな。いつか、こんなことが起こるのではないかと思っていたが」


 爺さんはそう言った。

 アトモセムが消滅、スプレネムが行方不明、フィレムが地上を去った。

 こうなると誰も魔術を伝えるものはいない。

 リンも爺さんも、普通の人間として暮らしていた。

 たまにノートンや神学会のお偉いさんにアドバイスすることはあるようだけど、自分たちで魔術を伝える気はからっきしないようだった。

 魔力の回復が遅いせいか、それとも女神がいないせいか――人々から魔術が失われていた。

 たまに魔術らしきものが出ても、殆どは何の効力もなく消えてしまう。

 安定した光球など誰にも出せない。

 人々は混乱した。

 復興工事も進まず、大陸間交流は細り、ギルドは開店休業、魔獣を倒すすべもなく、銃弾が量産され、安い弓矢や安い剣が飛ぶように売れる。

 魔術の代わりに機械を使い、学堂では自然科学と神学を教えるようになった。

 そのなかで――オレの立場も変わりつつある。

 ずっと社会のはみ出し者・・・・・だったオレは、無魔力・・・時代のパイオニアかのように扱われ、新聞の取材にも多く応じた。

 その中には、あの『サン・モーニング』紙もあった。

 オレが新聞に載るということが、いかに世の中が混乱しているかを示すようだ。


「こう言っちゃなんだけど、信じられないねえ。本当に君が、あの高潔こうけつのオーシュを倒したのかい? だって彼は、海の中にんでるんだろう? どうやって」


 キュリオスはまだ国家機密だ。

 スパイのくだりも伏せなきゃならない。


「演説をってザリアの民に呼びかけた。海賊を追うモートガルドの船を奪って、乗り継いだんだ」

「乗り継ぎ? どうやって」

「――ジャンプで」


 記者は失笑した。

 他の記者が、疑うような目線をオレに向けた。


「近づいてもオーシュを倒すことはできないだろう?」

「海底に氷があったんだ。燃える奴だ。それを買収した蟹漁船に砕かせて――ポート・フィレムの漁師が」

「ストップ。もう結構。ありがとう」


 あちこちの学堂でも講演した。

 オレの話を座って聞く子供たちがいるという事実が不憫ふびんだ。

 でも、ウインドレザー城で若者が犠牲になった事件は広く伝わっていて、若い彼らの間ではもう何かが変わっていたのかも。

 質疑応答では、熱心な質問が多く飛んだ。


「魔力がなくて、不便なことはありますか?」


 少し考えて、オレは答えた。


「――看板が読めないことかな。あと、家事も苦手だ。水仕事、料理」

「女神さまはどこへ行かれたんですか?」

「どこへも行ってない。色々あって姿は見せないが、そばにいる。そもそも神ってのは量子的存在で――いや、それはいいや。とにかく信じてほしい。特にフィレム様を」

「魔力の次に大切な力は何ですか?」

「――コネ、いや、友達だ。色んな人に助けられた。ポート・フィレムでは近所のおじさんに励まされたし、ロ=アラモ行きの列車でも――」


 ギルドにまで呼ばれた。

 魔力なしで戦う戦術について語らされた。


「魔術なしで、どうやって勇者を倒したんだ?」


 何度もそう訊かれるうち、オレもざっくばらんに話すようになっていた。


「待ち伏せとか、嘘をいたり。人質を取ったり――重いものを上から落とすとかな」


 卑怯だとか、そんなにうまく行くかというブーイングが乱れ飛ぶ。

 そんなのは慣れっこ・・・・になっていた。


「メーンハイムさん。ちゃんと話してくれ。そんなハッタリばかりで、勇者のボスなんか倒せるわけはないだろう」

「コネと、運と、情報だ。あと乗り物の運転は覚えたほうがいい」


 まぁ、聞かれてもオレに教えられるようなことはなかった。

 毎日が小忙しく過ぎてゆく。

 家に帰れることも少なくなった。

 その中で、どうしてもオレには答えられない質問をぶつけられることもあった。

 あまり多く聞かれる質問じゃなかったけど、ある種の質問はオレを少しだけ傷つけた。

 それはこれだ。


『そもそも、どうしてあなたには魔力がないんですか?』




***




 出先でパーティーの招待状を受け取った。

 久しぶりに宿無亭に帰ると、珍しく食堂が和気藹々わきあいあいとしていた。


「ノヴェル君! 間に合ってよかった! 紹介しよう。新組織の、私の部下たちだ」

「待ってくだせえよ、ノートンさん。あたしゃ別にあんたの部下じゃない」


 エイス船長もいる。

 ノートンが一人一人、オレに紹介してくれた。

 新たに皇室情報として設立された組織のメンバーが勢ぞろいしていた。

 新組織といっても情報室からの格上げで、ずっとオレたちの戦いを支えてくれた人たちだ。

 ジャックの邸宅で死霊と戦ったオッカムたちや、なぜか皇室のメイド・アンジーまでいる。

 アンジーは宮殿で、リンの世話を焼いてくれていたらしい。見覚えがあると思ったらロ=アラモの御所にもいた。聞けばもともとポート・フィレム出身とのことだ。どこかで会ってるかも知れないな。

 情報局の制服を着て料理にがっついて・・・・・いる女性がキャスで、その隣で青白い顔をしているのがベティらしい。愚痴――いや、話には聞いていたけど、会うのは初めてだった。

 ところで近々、神聖パルマ・ノートルラント民王国では、新たに民王を選ぶ選挙が行われる。

 新たな民王候補の一人はセブンスシグマの手下だったあのハンス・オルロで、王代理として大変な人気があるらしい。

 あのセブンスシグマの素性も調べがついていた。

 本名はボルキス・ミール。『ボルキス・ミール』を書いた民王側の捜査官で、皇室の調べでは、絶えたと言われる本物の王家筋だ。

 彼の出自を元老院の一部は知っていて重用ちょうようしたが、ポート・フィレムでゴアに殺されかかった挙句、オルロと共にオレたちの捜査に回されたらしい。熱心にオレたちを追い、独自にスティグマを調べたせいで左遷させんされて激怒。反乱のためにツインズに取り入った。

 ――なんだ。ずっと前から一緒に戦ってたんじゃないか。

 まぁ、あいつはあいつでスティグマに接触できる独自の窓口を持っていたようだし、自業自得の部分もあるけど。

 ともかく新しい民王だ。

 情報局はその選挙の関係で大層忙しいと聞いていたのに、パーティーにこれだけ揃うとは意外だった。

 主役は遅れてやってきたセスとロウだ。

 セスとロウは儀礼用の正装で、互いに腕を組んでいる。

 なんでも二人は結婚することになったのだとか。


「二人は、いつから付き合ってたんだ?」

「最近です。決戦前夜、スプレネム様をお迎えにファサの崖へ行ったときに――」

「ははぁ。じゃあ崖からの景色を見て、つい?」


 オレがセスを質問攻めしていると、ロウが横から全力で否定した。


「だ、だ、断じて違いますよ、ノヴェルさん。降りてからです。あそこに良い思い出はないし、スプレネム様も『バランスが』とか錯乱されておられたし」

「へえ。じゃあ結婚を意識するようになったのは?」

「セシリアの運転がド下手で、トレスポンダ卿に『覚悟しろ』と仰られて……」


 おい。翌朝じゃないか。

 いい機会だから聞いてみたいことがあった。


「ロウさんは、なんでセスさんのことかたくなに『セシリア』って呼ぶんですか?」

「だって――『セス』は男の名前だろう?」


 真っ赤になってロウはそう答えた。

「この野郎!」「むっつりスケベ!」とノートンとエイスが煽る。

 おめでとうムード一色で大変盛り上がった。


「式はどうするんだい?」


 ミラがセスに色々聞いている。こういうときのミラは本当に行儀がいい。

 和気藹々と食事をしていると、ムードをぶち壊すような石灯篭いしとうろうの顔で爺さんがやってきて、オレの横に座った。


「忙しそうだな。ノヴェル。ろくに帰ってこんではないか」

「ああ、お陰で小さい仕事がひっきりなしだよ」

「――実はな。世の中はもう戻らん。魔術も早晩ついえるだろうて」


 爺さんはめでたい席の食事の話題にしては、場違いに重い話をし始めた。

 せいぜい、オレだけに聞こえるような小声だったことは、爺さんなりに空気を読んだんだろう。


「魔術を使うことがヴォイドを生み出す。実験で確かめたのは最近だが、わしは長いことそう仮説を立てておった。ダイソンの奴には反対されたがな」

「爺さんは、魔術なんかない方がいいって思ってたのか」


 爺さんはうなずく。


「だから息子――お前の父にも魔力はがせなかった。お前の代で、完全に魔力がなくなるようにだ」

「どうやってそんなこと――」

「バランスだ。近くに強烈な魔力があれば、相対的に新たに生まれる魔力は小さくなる。あの浮遊要塞のせいで、この星の魔力が戻らんようにな」


 いつだか聞いたような話でもある。

 そしてオレは、大皇女アリシア様の言葉を思い出した。

 オレに魔力が全くないと知ったアリシア様はこう言った。


『そういう選択をしたのですね』


 ずっと引っかかっていた言葉でもある。


「でも何で今そんな話をするんだよ」

「いいや。思い出しただけだ。新しい家族ができる――そのときのことをな」


 この宿無亭は、爺さんが英雄たちをねぎらうために作った。

 それはたぶん今日、この日のためでもあるってことだ。


「講演も結構だがな、ノヴェル。お前には生き方として未来を託した。この者たちの子には、お前同様、魔力がないだろう。この者たちもそのような生き方を知らない」

「……うん」

「生き方で示せ。お前のやりたいことを、やりたいようにな。どれ、珍しい茶葉が手に入った。ひとつ振舞うとしよう」

「変な茶じゃないだろうな!」


 ――生き方で示せ、か。

 簡単に言ってくれる。

 オレはもう散々示したつもりだ。でも――どうだろう。オレは仲間には示した。ここに集まった皆には。

 でも世間ってものからは、相変わらずずっと隠れていたのかも知れない。今、たまさか風向きがおかしくなって引っ張り出されちゃいるけど――オレは壇上で喋っているだけだ。

 このままいいのか?

 リンとインターフェイスは気を遣ってくれるが、オレだって本当は宿を手伝わなきゃならないんじゃないか?

 もっと勉強しないといけないんじゃないか?

 学堂にだって、行かなきゃいけないんじゃないか?

 大体コンシェルジュってどうやってなればいいんだ。

『歩き方』シリーズと『ヒッチハイク・ガイド』は今でもオレの荷物には必ず入っている。

 サイラスやミーシャはオレのことを気にかけてくれてるし、オレも二人のことが好きだ。

 でもなんとなく、そういう年相応の友人と話している間――オレの居場所はそこじゃないような気がしている。

 かといって教壇でも壇上でもない。

 爺さんは立ち上がって奥へ行ってしまったけど、オレは反対側の、もう一つの空席を見た。

 そこに、ファンゲリヲンが座っているような気がした。

 意味ありげに、悟ったような小馬鹿にしたような笑顔で、何度も頷いているような。

 ドアベルが鳴って、オレは頭を振った。


「遅くなってすまない」


 主役でもないくせにジャックが一番最後に到着した。

 ファンゲリヲンの席にどっかりと腰を下ろす。


「結婚するんだって? おめでとう。いい家庭を作れよ」


 ジャックの口ぶりは、何となく心がこもってない。

 オレはジャックとミラの席の間に行き、「どうした」と訊いた。


「こんな席でする話じゃない」


 だそうだ。

 心ここにらずって感じだ。

 オレは外で話そうと誘ったが、ジャックは「酒もまだだ。乾杯くらいさせろ」と拒否する。


「どうしたんだよ、ジャック。こっそり教えてくれ」


 仕方ないな――と、ジャックはオレとミラにだけ聞こえるように顔を近づけ、小声で言った。


「実は――娘の足取りが掴めた。ホワイトローズの言っていたことは本当だった」


 ――ジャックの娘が生きている。

 この混乱する世界のどこかで。


「会いに行こう。オレたちも付き合う」

「よせ。考えてるんだ。大体今更どのつら下げて――見つかる保証もない」

「勇者を倒せる保証だってなかっただろ! そのために足取りを追ったくせに!」

「待て。そんな話じゃない。どこかで幸せに暮らしてるかも知れないのに、今更俺みたいなのが『本当の父親です』なんて現れたら、迷惑千万だろ」


 オレは、真剣にジャックの目を見て否定した。


「いいや。そうじゃない。どんな奴だとしても、その子はそれを知ったほうがいい。そりゃすぐには、判らないと思う。最初は迷惑だって思うかも知れない。でもいつか絶対に後悔する。お前も、お前の娘も。そうだよな、ミラ」

「ああ。お前がどんなクソ野郎でも、娘が困ってたらいつでも助けられるようにしとけ」


 いつの間にか、場が静まり返っていた。

 みんながジャックを見ている。


「ジャックさん、船が必要なら出しますぜ」


 エイス船長が軽口を叩くと、ノートンもグラスを片手にこう言った。


「探しに行きたまえ。会う会わないは後で考えるにしてもだ。新組織・皇室情報局が全力でバックアップしよう」


 オレもジャックに言った。


「探しに行こう」

「あたいも付き合うぜ。どうせ暇だ」


 ジャックは笑いながら「またお前らとかよ」と言った。

 そう、それがオレたちの新しい冒険だ。

 その中でオレは、オレの生き方を示す。


「またどっかに行くの? インターフェイスちゃんもいるし、宿は任せて、いってらっしゃい! ただし気を付けて!」


 リンの声がした。

 その声に、オレは力強く頷き返した。

 誰かを倒す旅じゃない。

 誰かを助ける旅になる。

 まだ知らない誰かを。

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