Ep.27: 希望も亡霊も蘇る、その荒れた大地
27.1 「――戦闘は避けられない。あんたは絶対に側近から離れるな」
皇室宮殿。
皇女ミハエラは再びジャックと共にいた。それと他に数名の部下。
会議は
この日彼女は人生で初めて追い立てられ、
「落ち着いてくださいよ、姫さん。あなたらしくない」
この
「
「我が国は、歴史的には小規模な侵略は二度受けております。魔物の争乱は幾度もございますので」
「相手は人間、しかもモートガルドです!」
「――いつかはって思ってたでしょう? そのために色々布石を打ってきた。だから落ち着いて対処を」
「この事態を避けるためです! ――ですがそれも、無駄でした」
早朝――沿岸警備隊の報告があった。
モートガルドの軍船からなる百
呼びかけに応じず領海へ踏み込み――現在もベリルを包囲して沿岸に停泊中である。
更にパルマの海岸線に沿って数隻の軍船が展開しているという情報もあるが、詳細は確認中であった。
近代的な軍船で百隻は相当な規模だ。大型船二十、中型四十、小型哨戒艦二十、その他上陸艇。
動きが早い。
「知ってる。俺はあんたを責めない。あんたも自分を責めるな。――外交局、モートガルドは今どうなってる」
テーブルに腰かけ、ジャックは外交局長官カーライルに尋ねた。
カーライルは「どうしてお前に報告する義務があるんだ」という顔で渋っていたが、ミハエラが
「ディオニス二世を失った当初より宰相リカルドの元、王政基盤の継承が行われていました。尚混乱は続いており、南部戦線は完全に崩壊しつつあります。――もう戦場ではありません。地獄です」
「そんなに酷いのかい」
「主力の重戦車部隊の
「リカルド政権は求心力を失っています。リカルドが何らかの打開策を探っていることは判っていましたが、このような策は予想できませんでした」
「内政に行き詰まって外国でストレス発散するクズ国家は山ほどあるだろうが」
「ですが、モートガルドの海軍は出来合い。リカルドには海戦の知識もなく、全兵力をもって我が国に挑むなどとは到底――」
そこだよな、とジャックは頷く。
ガス抜きでやる相手としては相手が悪い。
確かに今、神聖パルマ・ノートルラント王国では首都のクーデターからの王権委譲――混乱している。
勝てはしないまでも有利な条件で講和に至るチャンスに見えたかも知れない。
そうだとしてもだ。
「なぜウチなんだ。沿岸に他にも国はある。気になるな。誰の意志だ」
「リカルドであるとは思えません。何者かの意志が働いています」
「裏がある。おそらくそこに勝算もある」
「勝利の定義によります。沿岸を押さえて皇女陛下と交渉する、ベリルを占領したらシドニア王と交渉する。そんなところでしょう」
大船団を派遣する間、モートガルドは無防備になる。それを警戒するなら、相手はパルマということなのか。
ジャックがそう考えていると、別の長官が口を開いた。
「ディオニスが生きているということは――?」
ジャックは真っ二つになった船とともに沈みゆくディオニスを見ている。
「考えにくいな。あの鎧だ。鎧なんかぽんぽんと脱げるもんじゃない。あれで泳げるとは思えない。奴は死んだ。海軍の将軍は?」
「ヘンブリーという無名の男です。陸軍出身」
「わからねえ。一体何がしたいんだ」
「ともかく、このままですと昼前には何らかのコンタクトがあると予想しています。速やかに宣戦布告が
「シドニアはこのことを?」
「もちろん報せてあります。しかし静観の構えです。攻撃されたら報せよと言われました」
「静観の――構え――ねえ」
ミハエラは少しだけ落ち着きを取り戻したようで、大きく息を吸って指示を出した。
「呼び掛けを続けてください。霧の船団の招集を。北部の洋上で待機させてください」
「皇女陛下、この状況でクイーン・ミステスへ乗り込むのは――」
「船から指示を出します。必要ならわたくしが直接対話を」
「いいや姫さん。そう状況を引っ掻き回すもんじゃない。あんたはここでまだやることがおありでしょ」
「しかし――」
「荒事は我々に任せてくださいな。あんたには国民がいる」
霧の船団は手配します、と言って長官らは退室していった。
彼らがいなくなった後、ミハエラは「どう思いますかジャック」と尋ねた。
「さぁな。現段階ではまだなんとも」
「何か気掛かりなことは」
「全部気掛かりだ。ひとつだけ言えることは、奴らにはリスクに見合うような勝ち目はない。それでも挑んでくるには何か裏がある。それが何かだ」
一つだけ、ミハエラに言わないことがある。
モートガルドは今やならず者国家の集合体。常識の通じる相手ではない。
あちらから見ればこちらも政情不安の真っ
かつてモートガルドと組んで皇室打倒を目指した元老院はもうないが――その陰謀があちらには亡霊のように残っている可能性があるのだ。
皇女暗殺。
「――戦闘は避けられない。あんたは絶対に側近から離れるな。ここで一人になることも避けるんだ」
「ジャック――。あなたが居てください」
「俺は――シドニアに聞きたいことができた」
***
「やぁ。まさか君の方から来てくれるなんてね」
白々しい、とジャックは投げ槍に言った。
「お前に聞きたいことがある」
「僕も丁度君に聞きたいことがあったんだ。そうだ、サイラス君にも」
茶を出しながら、サイラスは一瞬だけジャックを盗み見た。
「そちらからどうぞ。モートガルド絡みだと思うけど」
「お前、元老院から何か聞いてないか。ディオニスのこととか、皇室のことだ。奴らの手先だったんだろ、元調査委員長殿」
シドニアは「おや」という顔をした。
「僕に興味が出てきた? 嬉しいね」
「うるせえ。答えろ」
「隠すようなことじゃない。でも不思議と、元の名前を口に出すと頭が痛むんだ。だから僕のことはシドニアでもボル――でもなく、セブンスシグマと」
「ややこしいんだよお前ら」
君だって名前が沢山あるくせに、とセブンスシグマはへらへら笑った。
「さて。ディオニスについて? その人は海で君たちとあのお方との戦いに巻き込まれて死んだと聞いてるよ。僕はその死体を探せと言われた。それくらいだ」
「ふん。皇室についてはどうだ」
「老人共は皇室を潰そうとしていた。そのための戦争だ。この計画は特に実現目前だった。君たちの邪魔がなければね」
「やはりか。だがそれもディオニスが死んでご破算?」
「ところがそうとも言い切れない。まだ生きているカスパーのスパイがモートガルドにいる。そいつらの報告によれば、モートガルドはまだ皇室を潰す気だ」
「なぜだ」
「なぜって元々そのつもりだからさ。奴らは元老院以下民王派とたまたま利害が一致しただけで、元老院の
とにかく――陰謀は生きていたのだ。
「陰謀の亡霊か」
「亡霊。まさに。陰謀ってやつは一度生まれたら簡単には消えてくれない。次から次へ、新しい面子を巻き込んでまた復活する」
だからやるときはこう、根こそぎね――とセブンスシグマは首を掻き切るジェスチャーをした。
「だがなぜだ。なぜ皇室を狙う? 海洋進出のためか? モートガルドが本気とは思えないぞ」
「モートガルドの悲願は大陸統一。こっちの大陸は無関係に思える。でもそもそもなぜモートガルドは大陸統一に
「さぁな。国なんてデカいほうがいいんだろ。だがあんな
セブンスシグマは笑った。
「そうでなきゃ――
「――どうだろう。僕もそれを知りたい。それが判れば、彼らが何を
「調べられるか? スパイを使って?」
「やってみようじゃないか。老人共の残した資料にだってまだ手がかりがあるかも知れない」
「協力的じゃねえか。助かるぜ」
「僕だってこれ以上面倒を背負いこみたくないからね。その代り、落ち着いたらオルロ君を
「お前には親衛隊がいるだろ」
「スペースモンキーズのことかい? 奴らは馬鹿だ。オルロ君は優秀だ。黄金コンビ復活だよ」
「どうだかな。本人が何て言うか――なぁ?」
ジャックが扉のほうを向いてそう言うと、扉の外された入り口から中を覗く者がいた。
オルロだった。
オルロは
「まだ混乱しているようだ。俺には無理
それなんだけど、とセブンスシグマは心なしか小声になって続ける。
「君に聞きたいことがあるんだ。2.5ダイム硬貨を知ってる?」
「知らん。どこの国の硬貨だ」
「タップダンスは?」
「
「僕が見せた」
「あれはタンゴだろ。それくらいは知ってる」
「一人でタンゴを?」
そういうとジャックは「勘弁してくれ」と両手を顔の前で広げた。
「お前が勝手にやったんだろ。一人で」
サイラス君も? とセブンスシグマはサイラスに水を向けた。
「君の家のステージで、一流のタップダンスを見たと」
「さぁ。わかりません」
そうか――ならいいんだ、とセブンスシグマは言った。
***
オレは婆さんが大皇女アリシア、そして最初の勇者だと聞いて驚いていた。
御所の崖側。雨上がりの庭のティーテーブルで、だ。
「チャンのいう最後の生き残りとは、たぶんわたくしのことかしらね。違うかも。わたくしったら自意識過剰かしら」
チャン――。
チャンバーレインの証書を見せると、うんうんと頷きながら大皇女様はそれを読んでいる。
更に驚くことには、同席していた美女はフィレム神だという。
神様! 神様が実在している!
いや、
お嬢様育ちのミラは誕生会などに女神を招くこともあったらしくすっかり打ち解けていた。
服だの化粧品だのと
目の前に伝説。右を向けば神話。
まったく浮いてしまっている。
オレは左の現実――ノートンのほうを見て「助けて」と顔に出した。
(知らんよ)
ノートンは首を横に振る。
「お話はわかりました。でも長くこうしてお山に引き
大皇女様が手を挙げると、メイドが後ろについて車椅子の押手を握る。
「ノヴェルちゃんだけ来てもらえるかしら。顔の長い方、なんと仰いましたか」
「ノートンと申します、大皇女陛下」
「ノートンさん、陛下はよしてください。フィレムさんとお茶でもどうかしら。お座りくださいな」
ハハッとノートンは椅子につき、てきぱきとした動作で茶を淹れて飲み始めた。姫様に対するのと同じ反応だ。
車椅子は進み始める。オレはその後ろにつき従う。
どうやらあの、庭の墓石を目指しているようだった。
雲の切れ間から陽が差す。
それはゴッドレイとなって、高地の墓に降り注いだ。
「あらきれい。いつもこうだといいのですけど」
「この墓は――」
「ジェイソン。マーリーンのお孫さんが見えましたよ」
墓に刻まれた名はジェイ・ソンダイク・フリーマン。生没年は記されていない。
チャンバーレイン同様、どこかで見覚えのある名だった。
耳に覚えがあると思ったが――こうして刻まれた文字としてみるとその思いが一層強い。
大皇女は懐から一冊の本を取り出した。
それは――ゾディ爺さんがオレに託した宿帳の一冊だ。
「お預かりした宿帳をお返しします。とても懐かしいものでした。ありがとう」
「――この宿帳は、ゾディ爺が最後にオレに託したものです。一体、これは――」
開いてごらんなさい、と言われオレはその最初のページを開く。
「そこに記された最初の三人――それはわたくしたちです」
「アリス・パルマ、ジェイソン・フリーマン、アストン・チャン・B……」
「渾名ですけれどね。それとマーリーン、いえ、ゾディ。あなたのお爺さん。わたくしたち四人は、共に世界を救った――と言われる最初代の勇者でした。それくらいはお話してもいいですよね?」
大皇女様は墓石に語り掛ける。
「ゾディは行く先々で『飯が味気ない』『茶が臭い』と不満ばかり言って――思い出すわ。昨日のことのよう。もう二百年近くも昔のことなのに」
確かに。オレも昨日のことのように思い出す。
爺さんのことを。
「全てが決着したら、ゾディは食堂をやると言ったわ。でもゾディは料理がダメだから奥さんは
爺さんはそれを伝えるために、オレに宿帳を託した。
最初に泊まった三人こそ、世界を救った英雄。
頼れる爺さんの仲間たちであり、それがオレ達に皇室への縁を
オレに魔力はない。剣の腕もない。
それでも――オレには確かに引き継がれていた。
(――受け取ったぜ、爺さん)
「さ、お墓参りは済ませたわ。戻ってお茶にしましょう」
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