第337話

 目の前には、やる気満々でロピに不敵な笑みを向けている炎弾が居た。


 それも、片手で大木を軽々と持ち上げており──その大木には赤い炎が纏っていた。


「さぁ、雷弾よ、私と戦え」


 一度、ロピに断られている筈なのに一切聞く耳を持たない様だ。


「うー、お兄さん、この人、頭の弱い人だよ!」


 普段、相手を戸惑わせる事が多いロピであるが、今回は炎弾に対して自身が困っている様だ。


「ふはははは、私にその様な言葉を言える奴なんて居ない──ますます気に入ったぞ!」


 どうやら、ロピは完全に炎弾からロックオンされた様子である。


「ど、どうやら気に入られた様だな……」

「全然嬉しく無いよー!」


 そして、炎弾は片手に持っていた大木をこちらに向かって投げて来る。


「赤炎ランセ!」

「「──ッ!?」」


 物凄いスピードでこちらに迫り来る。


「よ、避けるぞ!」

「う、うん!」


 俺とロピは全力で走り、避けようとするが、大木が地面に着弾した瞬間に、とんでもない爆風が起き、その爆風で吹き飛ばされる。


「イテテ……ロピ、大丈夫か?」

「う、うん……」

「それにしても、なんて威力だよ……」


 炎弾の攻撃で周りの土が舞い上がり視界が塞がる。


「と、とにかく一旦隠れるぞ」

「うん!」


 俺とロピは急いでその場から移動して、木の影に隠れる。


 そして、砂埃が落ち着くと俺達が居なくなった事に気がつく炎弾。


「あん? どこ行きやがった?」

「恐らく、どこかに隠れたのでしょう」

「ッチ、シラける事をしてくれるぜ……」


 忌々しそうな表情を浮かべる炎弾。


 そして、何かを思いついた様にニヤつき、俺達に聞こえる様に話しかける。


「おい、雷弾よ、聞いているのだろう?」


 俺とロピは黙ってやり過ごす。


「お前が出て来ない場合は私の後ろにいる部下達をこの村に解き放つが良いのか?」

「「……」」


 炎弾の言葉に俺とロピはお互い見合う。


「この人数が戦闘に参加したら、勝ち目は無いぞ?」


 炎弾の言う通りだろう……今の状況でさえ、こちら側が不利だと言うのに、その上、更に戦力を投入されてしまったら、打つ手無しだ……


「どうすりゃいいんだ……」

「……」


 俺はどう切り抜けるか、考える。

 そんな俺をロピがジッと見る。


「話し合う時間を五分だけやろう──五分以内に返答が無ければ部下達を投入する」


 そう言うと、腕を組んで俺達の返答を待つ。


「ヘラデス様、そんなの待たずに我々を投入下さい──そうすれば半刻も掛からずに勝利を収める事を約束します」

「おう、お前らの事は信頼している──なんて言っても私の鍛えた部下だからな」

「ならば」

「──だが、私はこの戦いに勝利するよりも、雷弾との試合に勝ちたい。だからもう五分待て」


 有無を言わせない様に言い放つ。


 そして、これ以上言っても無駄だと悟った部下は引き下がる。


「このままじゃ、不味い──でも解決策が思いつかねぇ……」


 五分という短い時間で何か良い策が無いかと頭を捻らすが、そんなに急には出て来ない……


 そして、余裕の無い俺を先程からずっと見ていたロピが話しかけて来る。


「お兄さん。私、あの頭のおかしい人と勝負して来るよ!」


 何やら決意する様に言い放つロピ。


「大丈夫なのか……? 今のやり取りで分かると思うが、相手は相当強いぞ?」

「うん。何で遠距離最強なのかも納得いったよ……けど、このままだと戦いに負けちゃうもん!」

「そ、そうだけど……」


 父親代わりである、俺よりも、娘のロピの方がこの状況をしっかりと把握している。


 この状況は既に詰んでいると言っても良いだろう。


 そして、ロピが炎弾の前に姿を現さない場合、戦いは完全に俺達の負けになる……


 その為、今打てる最善策はロピが炎弾の相手をする事だろう……しかし、俺は我が子可愛さに、その様な手を打つ事ができなかった……


「それに、お兄さんはここにいちゃダメだと思う」

「どういう事だ?」

「ここに居るだけだとお兄さんの特性を生かし切れないもん! お兄さんは皆んなをサポートしてあげて?」


 ロピの言葉は正しい……


 俺がこの場に居た所でサポート出来るのは、目に見えている範囲の仲間達だけだ……しかし、仲間は他にも大勢居る。


「近い場所で戦っては居るのに、木々が邪魔でサポートが出来ねぇ……」

「うん。だからこそ、お兄さんは走り回らないとね!」


 少し、戯けた様に笑うロピ。


 はぁ……毎回、思い知らされる。


「これじゃ、親代わりとしては失格だな……」

「ん? なんか言ったー?」

「いや、何でもない」


 そして、俺はロピの頭を一度、優しく撫でる。

 ロピは目を細めて嬉しそうに笑う。


「そんじゃ、まぁ俺は走り回るかな!」

「うん! チルちゃん達をサポートしてあげて!」

「おう! でも、ロピは大丈夫か?」

「ふっふっふ。我に秘策ありだよ!」


 秘策……?


「まぁ、成功するか分からないけど、もし成功すれば大分お兄さんの助けになる筈!」

「なんだよ、教えてくれよ」

「うふふ、秘密ー! とにかく、こっちは気にしないで良いから、早く皆んな所に行ってあげて?」

「分かった。けど、危なくなったら逃げろよ?」

「うん、私もここで死ぬ気は無いから大丈夫!」


 そう言って、ロピは歩き出し、一人で炎弾の前に姿を現した。


 炎弾の前に出る間際に一目だけ、俺の事を見たロピ。


「死ぬなよ、ロピ……」


 こうして、俺は他の者達をサポートする為に、ロピに背を向けて走り出す。


 恐らく、このエルフの村に攻め入った中で一番強い相手は、炎弾だろう……


「だからこそ、出来るだけ早く戻らないとな!」

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