第209話 アトスの決意

「皆さん、頑張って下さい!」

「おら、キツくても足を動かし続けろ!」 


 マーズとフィールが中心となり、三班全員に声を掛け合って誰も脱落者が出ない様にしている。


「お兄さん、この作戦が上手くいけば私達生き残れそう?」

「あぁ。大丈夫だ」

「アトス様を信じます」

「ほっほっほ。私は皆さんを全力でお守りするだけですな」


 後ろを振り向くと、まだ、距離は開いているが、最初に比べて距離が少しずつ縮まっている様に見える。恐らく、俺達が疲れて来ているせいだろう。


「おい、お前! 少し遅れて来ているぞ!」

「はぁはぁ……だ、大丈夫だ……まだいける」


 湖から大分距離を移動した上に、ここ最近はしっかりと休めて無かったせいか遅れ始める者達が出て来た。


 少し不味いな……


「皆さん、ここは頑張り所ですよ!」


 マーズとフィールが常に遅れ始めた者達に声を掛け続ける。


 だが、やはり人間、どんなに気合を入れても無理な時がある。

 三人程、明らかに遅れ始めてきたのだ……


「お、おい。お前ら追いつかれちまうぞ!」

「はぁはぁ……もう無理だ……すまねぇ」

「お、俺達の事は気にしないで先に行ってくれ」

「うぅ……母ちゃん……ごめんよ……」


 既に限界を超えて走り続けていたのだろう、三人は見る見る失速していく。

 

 そして、とうとう足を止めてしまう三人。


「マ、マーズ! 三人が!」


 フィールの声にマーズは唇の端を噛みしめ、どうするか考えている。

 このまま三人を見捨てるか、それとも助けるかを……


 冷静な判断をするとしたら、見捨てるしか無いだろう。ここで中型達に捕まってしまったら、変異体と接触する前に全員捕食されてしまうかもしれない。

 

「クッ……ど、どうすれば……」


 マーズは決めかねている様だ。


「お、俺達の事は気にするな!」

「そ、そうだ! お前達は絶対生き残れよ!!」

「うぅ……母ちゃんに俺は立派だったと伝えてくれ……」


 母ちゃん……


 俺は、その言葉に引っ張られるのを感じる。思い出す人物はもちろんシクである。

 シクが死んだと分かった時、俺は絶望した。そして仮にあの時……シクでは無く、俺が死んでいた場合は、俺が味わった絶望をシクがする事になっていたと思う……


「はぁ……本当は間違った選択をしているんだろうな……」


 俺は一言呟くと、逆走する。


「お、お兄さん!?」

「アトス様、何を!」


 いきなり、逆走する俺を見て驚くロピとチル。


「マーズ! お前らは変異体をここまで連れてこい!」

「し、しかし!」

「いいから行け! 出来るだけ早く頼むな!」


 マーズは焦りながらも、しっかりと自分の役目を把握しスピードを緩めずに変異体に向かい走り続ける。


「リガス! 二人を頼んだぞ!」

「アトス殿、お任せを!」


 チルとロピが必死になり戻ろうとしているのを引き留めている。


「ロピ、チル。俺は絶対生きて合流するから変異体を早く連れて来てくれよ?」


 そう言い残し、俺は三人の元に駆け付ける。


「お、おいアトス、お前何を……」

「もちろん、助けに来たに決まっているだろ!」


 俺は、無理やり笑顔を作る。


「た、助けるって言っても無理だろ!」

「うるせぇ!」


 とりあえず、三人を一発ずつ殴る。


「諦めてんじゃねぇーぞ! 俺は三班全員で生き残る為に全力を出す!」


 そして、俺は一人の参加者に声を掛ける。


「なぁ、お前母ちゃんが好きか?」

「うぅ……母ちゃんは女一人で俺を育ててくれたんだ……うぅ……相当苦労したから、次は俺が楽させてやろうと……」

「はは、そうか! お前は絶対生き残るべきだな!」

「で、でも……」

「もう一度母ちゃんに会いたく無いのか?」

「あ、会いたいに決まっているだろ!」

「楽させてやりたく無いのか?」

「させてぇーよ!」

「よし、その意気だ!」


 やっぱり、逆走して良かった。マーズ達はどうやら、変異体の方に向かった様だ。


「よし! お前ら三人共、やっぱり諦めんな!」

「そ、そんな事言っても……」

「も、もう足が動かねぇ……」

「お、俺もだ……」

 

 三人は座り込んでいる。


「今から、俺がスキルを使用する」

「スキル?」

「あぁ。スピードを上げるスキルだが、かなり使い辛くてな……」

「ど、どういう事だ?」

「スキルで強化したスピードに付いて行けなくて木とか激突する可能性がある」


 障害物が何も無い場所なら、問題無いだろうが、木々が生い茂っている場所で使うのには適していない様に思う……


「だけど、ここで食われて死ぬ位なら抗ってみないか?」


 俺の質問に三人は頷く。さっきまで完全に諦め切っていたが、少しでも生きる希望が湧いた瞬間に頭を切り替えた様だ。


 流石だな……


「あ、あぁ。もちらんやってみるぜ!」

「お、俺らはどうすれゃいい?」

「俺は……絶対に生きて母ちゃんに会う……」


 モンスターが迫ってきているので、俺は素早く説明する。


「そ、それだけでいいのか?」

「あぁ。上手くいくか分からないが、練習している暇なんて無いしな!」

「も、もちろんだ。それに仮に失敗して死んだとしても俺はアトスを恨まない」

「お、俺もだ。俺達の為に戻ってきてくれて本当にありがとうな」

「はは、お礼は無事に生き残れたらにしてくれ」


 俺の言葉を聞く三人は、先程の三人とは別人に見えるくらい表情に重みがある。


「よっしゃー! お前ら行くぜ?」

「「「おう!」」」


 こうして、俺達四人は再びモンスター達から逃げだそうと動き始めるが、止まっていた事もあり、モンスター達は、もう目の前まで迫ってきている。

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