第84話 魔族の自己紹介

「アトス様と姉さんは話すのは初めてだよね」


 俺の目の前にはチルと魔族が居る。


「この魔族はリガスです。私の執事になりました」


 ……ん? 今執事って言ったか?


「アトス殿、ロピ殿初めまして。私は魔族のリガスと申します。命を救って頂いたチル様に少しでも恩返しをしたいと思い執事になりました。これからよろしくお願い致します」


 リガスと名乗る魔族は顔にシワなどがあり歳はそれなりに取っていると判断出来るが老人とは思えない程姿勢正しく、そして一つ一つの所作が優雅であった。


「よろしく」


 俺はリガスが身体を張ってチルを守ったのを見ている為すんなりと受け入れられた。

 だが、ロピは思う所があるらしい。


「え、え? もしかして、これから魔族さんも一緒に行動する事になるの?」

「うん。そのつもり」

「ダ、ダメだよ! チルちゃん」

「なんで?」


 チルは、なんで断られたのか分からずロピに向かって首を傾げる。


「だって、お母さんが言ってたよ! 夜いつまでも起きていると魔族の生贄にされるって!」

「ほっほっほ。面白いお母様ですね」


 ロピの言葉が面白かったのかリガスはいつまでも笑っていた。


「姉さん……。それは嘘だよ?」

「嘘じゃないよ! お母さんは嘘つかない!」

「いや、お母様は結構嘘ついてたけど……」

「とりあえず、魔族さんと一緒に行動するなんて許しません!」

「嫌!」


 妹のチルに断られたロピは信じられない様な顔をして俺の方に助けを求めてくる。


「お兄さーん、チルちゃんに何か言ってあげて!」

「アトス様、リガスも一緒に旅をしても良いですよね!?」


 姉妹からの視線を受ける俺は、二人の勢いに数歩後ろに下がってしまう。


「なんとかって言われてもな……。俺はチルに賛成だけど……」

「そ、そんな……。お兄さんまでも……」


 ロピは裏切り者を見るかの様な視線を俺に向ける。


「でも、ロピの心配する気持ちは分かる」


「え? アトス様、そんな……」


 お次は妹のチルから裏切られたと言う様な視線を受ける。


「ほっほっほ。アトス殿も大変そうですな」

「いやいや、リガスの事について俺達は話しているんだけど!?」


 話題の人物の筈なのにリガスは面白そうに俺達のやり取りを見ている。

 これが年の功ってやつなのか……?


「ロピの誤解をまずは解こうか。リガスは生贄を必要とするのか?」

「私は必要有りませんが、魔族の中には生贄として人間達を攫う者もいますね」

「ほら! 今の聞いた? 攫うって!」


 ロピはここぞとばかりにチルを捲し上げる。

 だがチルも負けていなかった。


「姉さんは、耳が腐っている!」

「な!? チ、チルちゃん、今お姉ちゃんになんて言ったのかなー?」


 ロピはチルの言葉が相当ショックだったのか、足がカクカクしていて倒れそうだ……。


「リガスは、他の魔族は! って言ったの。リガス本人は生贄なんて必要無いの!」

「でも、いつ気が変わるか分からないよ!」


 姉妹喧嘩はいつもの事なので、俺はリガスに話しかける。


「実際生贄って必要なのか?」

「ほっほっほ。全くもって必要ありませんな」


 ……はぁ? このジジィ何を言っているんだ?


「チル様とロピ殿には申し訳無いが若い者の言い合っている姿を見ると活気が満ち溢れてきますな」

「早く、訂正してやれよ……」

「もう少し様子見をしましょう。それにしても見た目はアトス殿もお若く見えますが、中身は見た目の倍以上の老いを感じますな」


 最初は俺が転生者と見破られたのかと驚いたが、実際見た目に反して、歳相応らしくない行動を無意識に取っていたのかもしれないな。


「そんな筈ないだろ」

「ほっほっほ。私の勘違いですな」


 そんな事をリガスと話していると、姉妹の方は更にエスカレートしていた。


「──ッあ、イタッ!?」


 どうやら、チルは姉に対してスナップの効かせたチョップを食らわせたらしい。


「チルちゃん酷い! チルちゃんがぶったー」

「姉さんが悪い!」

「悪くないもん!」

「悪い!」


 そして、とうとうお互いホッペを引っ張りあっている。


「フィルひゃんがわぁるい」

「へえさんがわぁるい」


 お互い何を言っているか分からないが相手のホッペは決して離さないらしい。


「リガス、そろそろ種明かしした方がいいんじゃないか?」

「ほっほっほ。そのようですな」


 二人のやり取りを楽しそうに見ながらリガスは二人に近づき事情を話す。


「チル様、ロピ殿申し訳ございません。生贄の話しは全て嘘でございます」

「「ふぇ?」」


 二人はホッペを引っ張りあったまま、間抜けな声を出して顔だけリガスに向ける。


「ほっほっほ。お二人とも面白い顔していますよ」


 二人はお互いホッペから手を離してリガスを睨みつける。


「「むー」」


 二人は、私達不満を感じていますと言うかの如くホッペをパンパンに膨らませている。

 外見は身長がとても高く顔立ちもとても美しい為前世であれば街を歩けば男なら誰もが一度はチラ見する様な姿だが、やはり中身はまだ子供だな。


「リガスは今日ご飯無し!」

「そうだ! そうだ! 魔族さんはご飯なーし」

「ほっほっほ。これは困りましたね」


 全然困って無さそうにリガスが嘆く。そしてロピは今のやり取りで魔族に対する偏見がバカらしくなったのか、今ではリガスと普通に話している。


「いい、魔族さん! チルちゃんを死んでも守るって約束出来る?」

「はい、ロピ殿。何があってもお守り致します」


 普段の様子からは考えられない程真面目な表情をしてリガスを見極めているロピ。

 そしてリガスも笑みを一切見せずに真剣な表情でロピの視線を受ける。


「……魔族さん、もしチルちゃんに酷い事したら許さないよ?」

「かしこまりました」


 しばらくの沈黙の後二人はいつもの表情に戻った。


「えへへ! 魔族さんこれからよろしくね!」

「ほっほっほ。こちらこそよろしくお願いします」


 なんとか、二人とも分かり合えた感じで良かった。

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