無能力者ですが、何とかして異世界でも欺いて生きていきます

四隅四角

第1話 無能力者の俺、無事生存。

 この世界は正直者が称賛される傾向にある。不祥事を起こしたときでも正直に言ったことで許されるケースを俺はいくつも見てきた。彼らは口揃えてこういうのだ。『よく正直に言ってくれた』と。しかし、俺はそう言ったことを言う輩に唾でも吐いてやりたい。なぜか? こいつらに限って嘘ばっかりつくからだ。


 媚を売るときに何を使う? 嘘だ。

 人にものを売るとき何を使う? 嘘だろ。

 うまく生きるために何を使う? 嘘に決まっている。


 人類史が思考を持ち始め、疑問を持った時から既に嘘というものはこの世界に存在したのだ。そして、今の今まで、嘘というものは消えることはない。何万年、何十万年と超えた今でも嘘というのは残っているのだ。要するに、嘘というのは生きるための本能的な術の一つとして数えていいことになる。つまり、嘘を使うものを人格否定する人間は今までに自分が騙されたことのない純真無垢な世界を生きてきたか単に同族嫌悪のどちらかだ。


 さて、ここまで一種の行動について長々と語ったが、要するにだ。嘘は大事ということ。

 えっと、これは余談だが、俺は昔、純真無垢な人間だった。これはみんな当然だよな。けど、ある日を境に人は初めて嘘をつくのだ。そこで窮地を逃れ、うまくいけば、また人はうそをつくことになる。俺がそうだ、今まで嘘でどんな窮地をも逃れ、欺き、うまく生きてきた。今では若くにして部署ではかなり上位にいる。そして誰も俺のことを疑うことはない。彼らは俺の仮面の多様さに騙され、真実の本体を見ることすらもないのだ。


 しかし、当然、辛い。嘘ばっかりつくというのはつらいものだ。習慣化するし、器は大きくなるばかり、中は満たされない。


 いつの日か、こんな仮面を剥ぐが来るのだろうか?


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 最後の記憶、間抜けな話だが、それはマンホールに落ちた、だ。


 おそらく、俺はひどく酔っぱらっていたのだ。部長の酒つぎ、部下の落ち込みを必死に慰め、とにかく媚売りに媚売り。人の価値だけをあげて、俺は千鳥足で帰ったんだ。

 そこで気が付かずマンホール落下。

 くっ、情けない話だ。って、なんでマンホール開いてんの!


「しかし、ここどこだ」


 あたりを見渡すと、そこは斜面で芝生に満ちていた。下のほうには白塗りの民家がちらほらみられる。しかし、ここは日本ではない。そう思った。


「もしかして、中世のヨーロッパか」


 いや、そんなはずはないよな。なんで、マンホールに落ちて、タイムスリップするんだよ。でも… 明らかに現世の日本ではないよな。

 マンホール下、別次元説濃厚か、これ。

 ん、別次元。これなんか知ってるぞ。電車の帰りでちらほら読んだことのある。


「異世界?」


 ご都合解釈するならこれしかないよな。おそらく、この考えが妥当。察しがいいのはこの手の読者の特権。

 とりあえず、人に会わんとな。

 ということで、民家に向かってみることにした。


「すいませーん」


 これで五件目だが、誰も家にいない。しかし、生活している感じはあるんだけどな。となれば、あれか怪しい人が来たらドアを開けていけないとか。こっちでも、そんな風習あるんかな。


「すいませーん」


 返事なし。ダメだ、これで八件目だぞ。もう、家は見当たらない。

 どうするかな。


 考えた末、良心が痛むが、家に不法侵入することにした。

 再度、掛け声とともにノックはしておくが、やはり返事はないので、ノブに手をかけた。うむ、押戸か。

 中には何もなかった。白い壁だけ。小さな窓からは青空がのぞいている。

 人はいなのかな。

 一応、壁を注視してみる。ゲームとかだったら、何かあったりするからね。


 探していると本当にあった。

 一枚の壁がそこらのと比べて、少し黒すんでいる。最初は汚れかと思ったけど、違う。意図的に黒くしているんだ。

 その壁に触れてみる。すると、手が壁を貫通した。いや、貫通したんじゃなくて、どこかとつながっている。


 ここら辺にたむろっていても仕方がないので、日大並みに壁に向かって身を当ててみた。

 壁の感触はなく、バランスを崩し、壁越しで倒れてしまう。


「イタタ、無駄なことするんじゃなかった」


 肩から落ちたので、中々のダメージがあった。年取ったなー、俺も。

 いたた、と肩をさすっていると癇癪した声が聞こえる。


「誰だ!」


 俺は今、この場所を把握できていなので、何が起きているのかがわからない。


 少し、冷静を取り戻したときにはもう遅かったが、俺は王の玉座から出てきたようだ。要するに、豪勢な椅子の後ろから出てきたわけだ。


 槍を持った男たちが、俺を囲む。どいつも、全身に鉄の鎧をかぶっており、顔は見えない。

 あたりを見たら、そこは頭に描くことが可能な、まさに王の部屋だった。カーペットが引かれていて、壁には勲章が掲げられている。


 って、そんな呑気に周りを見ている場合じゃない。


 俺は、『ぷりぃいいず、ぷりぃいいーーず、ヘルプミィーー!』と叫んで、すぐさま手を挙げた。


 しかし、その奇声みたなのがダメだった。それが警戒を強め、首筋に槍先を当てられる。

 終わったな、これ。


 いや、待てよ。思考が冴えていく。

 確か、俺が肩をさすっている時、『誰だ』という言葉が聞こえた。日本語が通じるのか。王様は欧州寄りの顔をしているが。

 しかし、日本語通じたといえども、この状況を打開するのは無理に等しい。

 終わったな、これ。


 と思った矢先、大きなドアが開き、一人の兵士が入ってきた。


「失礼します! どうやら、ファブドラゴンがこちらに攻めに参っているそうです」


 その兵士は頭に鎧をかぶっていなかった。そのせいで顔色がうかがえる。真っ青な顔であるところ、かなり焦っているようだ。


「なっ、ファブドラゴンだと!? あんなモンスターがなぜ今…」


 王様は驚愕していた。いや、どちらかと言えば、憔悴に近いか。

 他の兵士も同じように、顔を合わせながら、俺たちも終わりか… なんて呟いている。どうやら、そのファブドラゴンとやらは彼らをこんな士気にするほどに恐ろしいのだろう。


 弱り切った兵士を見たところ、俺はチャンスだと思った。少し声が出るように、腹式呼吸を数回する。

 そして、大声で言った。


「ガッハハハ! いいぞ、いいぞ、焦っておる、焦っておる。貴様ら、あのファブドラゴンが怖いのか? そうなのだろう? あいつは俺が召喚した。貴様らが俺を拘束するだろうということを見計らってな! 故に、貴様らが俺に手を出せば、あいつはこの地に来て、俺以外のすべてを燃やし尽くす!」


 最後にもう一度、悪役のように笑っておく。これでどうだ。

 てか、ファブドラゴンさん口から火吹くのかね? 

 王様は俺を見て、震えていた。俺のことを使い魔かと言っている。どうやら、成功のようだ。


「そうだ。しかし、使い魔だけではないぞ? 俺自身は多くのスキルを兼ね揃えており、一人でもこの地ぐらいなら、小指でぶっ壊せる! だが、すぐに壊すのはつまらないからな、ファブで燃やし尽くし、苦しめようと考えたまでだ」


 少し脅すように、小指を差し出す。多くの兵士は『やめてくれぇ!』と言って、下がっていった。なにこれ、楽しい。


「な、なにが目的だ?」


 王様は震えながら言う。

 やばい、いきなりこんな展開になると思ってなかったから、何も考えてない。

 しかし、間が長引くといけない。俺は顎を撫でる。


「んー、そうだな。俺はこの国を強くしたい」


 かっこよく決めたが、一番の失態だった。俺が何も能力を持っていないことがばれる。

 け、けど、ここまで来たら、もう流れで行けるはずだ。

 王様の顔を窺うと、涙を流し、地に屈していた。


「お、おぅう。あなたこそが救世主様でしたか」


 王様は土下座するように頭を下げる。他の兵士もすぐそれに倣い頭を下げた。

 そうはならんやろ。


 とりあえず、場が収まったのはいいけど、どうしよ。ファブドラゴンさん、こっちに来てるよね。

 どうしよ、俺も土下座しとこかな。土下座は得意中の得意だからな。『今までの全部嘘です』と告白しようかしら。まぁ、最悪、責められたら『ちっ、うっせーな、反省してまーす』とか言っとけばいいだろ。


 俺も膝を下ろし、土下座をする準備をする。

 そして、言葉を紡ごうとした瞬間。再度、扉が開かれた。


「どうやらファブドラゴンが折り返したそうです!」


 おぉぉぉ! ありがとう、ファブドラゴン! マジ神! 今日から、ファブ教の信者になります。

 俺は内心で喜びまくったが、それはあたりもそうだった。

 兵士たちは俺に『さきほどに、無礼を働き申し訳ございませんでした!』と言う。俺も、それを宥めるように『なに、人というのは必ず非と欠点を持つのさ』と言っておいた。どうやら、兵士からの評価は爆上がりのようだ。もう戻れないよね、これ。


「ところであなたはどのような人で?」


 王様は同じ体勢で問う。


「放浪者」


 これがベストな回答だと思った。

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