第14話 恐らく治療に風呂が必要です ②

 

「アックスさん、ドリィさん。昨日のクアール討伐の件でお会いしたいという方が来ています。ご休憩中申し訳ありませんが、少々よろしいですか?」

「はい、ただいま開けますね!」


 受付嬢がドアをノックしたところ、すぐに足音が聞こえた。

 出てきたのは腕にツタのような植物をまとわりつかせた女性である。


 ドリアードという種族は本当に皮膚から植物を生やしており、中にはその植物が血管や骨と密接に繋がった者もいるらしい。

 植物を操る固有魔法に目覚めやすく、日光浴をしていれば食事はごく少量で済むのだとか。一方で体から生える植物が根元から千切れる事態になると大量出血や、重大な感染症にまで波及しかねないと本にあった。

 それ故に彼女のように旅をするタイプは希少。荒事を避け、一族でひっそりと暮らす者が多いそうだ。


 種族辞典で学んだ通りの姿に、浅間はついつい観察の目を控えられない。


「え、ええと……」


 するとドリィはぎこちない笑みでドアを少しずつ閉ざし、奥に消えようとする。


「あ、すみません。見慣れなかったので、つい」

「いいえ。エルフ同様、そういう目に晒されるのは慣れていますから。それで、どのような御用でしょうか? リーダーは寝込んでいるので、出来れば受付などでお話したいのですが」

「クアールの件の調査なんですが、その彼の容態について確認させてもらいたいのが一番の目的です」

「お医者様ですか?」


 浅間が持っているのは応急手当ての道具を詰めたキットだ。それを目にした彼女としては事情を聞きにきた役人というより、そちらに見えたのだろう。


「似ているけど違います。でも専門の人間に調査させることはできますし、多少は助言できると思うのでぜひお願いします」

「は、はい。彼、寝ていれば治るなんて言って出てこなかったので、それは願ってもないことです」


 ひとまずこれで話は通った。

 ビジネスホテルと同等の広さの部屋にはベッドと剣、鎧、その手入れ道具や訓練用の道具、旅装などが置かれている。それだけで手狭に思えてくるくらいに冒険者の装いで染まった部屋だ。


 筋骨隆々の男性が寝るベッドの横には椅子があった。たった今までそこで看病していたのが透けて見える。

 ドリィは彼の元まで歩むと、こちらの用件をぼそぼそと耳打ちで伝えた。

 彼は面倒くさそうに状態を起こしてくれる。


「すんません。どこのどなたかは知りやせんが、早く終わらせてもらえると助かります」


 口調は荒いが、粗暴ではないのだろう。彼は頭に手を添え、ぺこりと会釈をした。

 風邪の際に仕事があると辛い気持ちは現代人としてよくわかる。浅間はすぐに歩み出た。


「彼女が説明してくれた通り、今回の件に思うところがあって討伐者の様子を見にきました。きっとその体調不良はクアールと同じ原因だと思うので、その調査と治療に協力をしてもらいたいんです」

「というと、クアールに死病でも蔓延していて俺まで影響を受けたって話ですかい?」

「えっ!? た、確かに領域外の魔物が活発化しているとは聞くけど!?」


 アックスの推測にドリィは口元を押さえた。

 魔獣が死病にかかったという話は領民全員が知っているはずだ。彼ら自身、特に何かをした覚えもなければクアールから何かを感染したと思いたくなるだろう。

 魔獣が死病を患えば、その領域にも死病が徐々に蔓延して滅びるという滅亡のストーリーに似ているので受付嬢までもが息を飲んでいた。


「いや、そうではないと思います。その原因に思い当たることがあるので、一つ一つ状況を確認させてもらってもいいですか?」


 空気に緊張が走りかけたが、ひとまずその可能性は感じていないので否定しておく。

 すると少しは安堵した様子でアックスとドリィが応じてくれた。


「頼んます」

「お願いします!」


 普段は駄目だが、いざという時には頼れる男と、世話を焼いてしまうという関係だろうか。後ろについてきていたウェアキャットの女性はこの見せつけ様に歯噛みして顔を背けていた。


「俺はあなた方三人の行動までは聞いていませんが、疑っている原因から逆算して話をします。違っていたら言ってください」


 そうして説明しきれれば説得力もあることだろう。

 ノトラもそんなことができるのかと興味深げに見つめている。


「クアールの討伐を受けたあなた方は昨日、入山して一体を討伐。合計で何頭に会ったかはわかりませんが、そちらのドリィさんがアロマ――甘い香りがする煙幕か何かでクアールを撃退したのは最低三度あったんじゃないでしょうか? その際、アックスさんも浴びたことがあったと思います。そしてここに戻る間に体調を崩し始めたので、体の汚れを落とす間もなく寝てしまったという流れと思いますがどうでしょう?」


 入山時間くらいはギルドに届出しているだろうが、クアールとの遭遇数や撃退法などは当事者でなければわからないところだろう。

 問いかけてみると、推測は当たっていたらしく少々の驚きと共に頷かれる。


「ついてきたわけでもないのによくわかりやしたね。特にこいつの撃退法と、俺が巻き添えを食らったことだ。体調を崩し始めたのも、大体合ってる」

「そこがクアールとあなたの不調の原因だと考えたので。多分、植物由来の香り成分をぶちまけて相手を怯ませて、その隙に逃げるとかでしょうか」

「え、ええ」


 言葉を聞いたドリィは肯定すると共にアックスに視線で何かを問いかけた。彼に頷かれると再び口を開く。


「あまり使える人がいないのだけれど、植物の香りを乗せた煙を出せるの。それをどうにか集めた液体は香水や精油として売られていて、樹精香という名前で知られているわ」

「あれか。交易品として金持ちに高く取引されていたね」


 流浪の民として協力したことがあるのか、ノトラにも覚えがあるらしい。彼女はその上で疑問に思った様子で首を傾げた。


「でもあれは単なる香りで毒じゃない。体調を崩したなんて聞いた覚えはないよ?」

「それは用途と量による。例えばその樹精香を一瓶分飲んだり、肌につけたりした人はいるか?」

「いやいや、そんな金持ちはいないって……」

「そういうことだ。塩だって大量に飲めば毒だけど、ほんのひと摘まみ程度なら害なんてない。この世のものなんて毒だろうが何だろうが、どれだけ摂取しても安全かっていう幅が天地ほど違うだけ。『量が毒を成す』って考えるものなんだよ」


 塩のたとえがわかりやすかったのだろう。ノトラも含めて今の話は腑に落ちてきた様子だ。


「単なる花や植物の香りはごく僅か。それを抽出したものとなると、比較にならないくらい成分が濃くなっているんです。元々、植物を食べない猫だと許容量が少ないので、精油を混ぜた製品で体調を崩すことがあるんです。つまり、毒に近いものってことですね」


 1990年代の初頭、精油のティーツリーオイルを混ぜたシャンプーやノミ防除用品で猫が体調を崩した実例がある。簡単に言えば、とある成分を肝臓が無毒化しにくいため、中毒を起こしてしまったという話だ。


「コトミチ」


 そんな説明をしていたところ、ノトラは服を引っ張って一歩下がらせてくる。

 何事かと思いきや、浅間もすぐに気付いた。アックスの表情が若干険しくなっており、同じくドリィを庇うようにベッド際に座り直している。

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