白ウサギと眠れる勇者

ななよ廻る@ダウナー系美少女2巻発売中!

白ウサギと眠れる勇者

 やあ、こんにちは。こんばんは。あるいは、初めまして。

 僕は君の案内人。そうだな、気軽に白ウサギとでも呼んでくれ。


 ここはどこかって?

 ここはどこでもあって、どこでもある場所。あらゆる夢が叶えられる世界。どのように解釈するのも君の自由だ。


 君は、目が見えず、匂いは嗅げず、味も分からず、耳も聞こえず、感触すらも感じない。


 それなら、どうして僕に意思が伝わるのかって?

 ふふ。夢の世界だからね。そういうこともあるのさ。

 ただ、君一人ではなにもできない。それ故、道行き案内人たる僕がいるのさ。

 そうだな。では、一つ試してみよう。

 今、僕の左手には瑞々しい真っ赤な林檎が乗っている。それをウサギさんの形にカットし、君の口へと放り込んだ。

 濃厚な林檎の味がしないか?


[頷く]


 先程僕は『君は、目が見えず、匂いは嗅げず、味も分からず、耳も聞こえず、感触すらも感じない』と説明したね。それは正解でもあり、間違ってもいる。

 君は、僕の発する言葉に導かれ、目が見え、匂いを嗅げ、味もし、耳も聞こえ、感触を感じることができる。

 それが僕、案内人たる白ウサギの仕事なのさ。


 え? 全てを支配されているみたい?

 ははは! そうかもしれないね。だけど、僕はあくまで案内人。君の目となり、耳となって世界を案内するだけの者なのさ。君の自由意思を奪う者ではないよ。


 君は君のまま。望むままに僕へと意思を伝えればいい。僕はその意思のままに、君を導こう。


 これからどうするのか?

 一つ。君に物語を聞かせよう。とある少女の物語。君は、その物語の登場人物であり、観客だ。物語を語る中で、君に質問をするだろう。君はその問いに答えを示してもいいし、なにも答えなくてもいい。全ては君の望むがままだ。

 宜しいかな? 大丈夫なら、返事をしてくれるかい?


[頷く]


 宜しい。

 これはとある少女の物語。なに、物語と言ったがそう長いものではないよ。気軽に拝聴してくれたまえ。


 ある村に両親と妹と暮らす少女が居た。

 家族四人。裕福な家庭で暮らす少女は、何不自由なく毎日幸せに暮らしていた。


 幸せ一杯の家族に、新たな幸せが舞い込む。少女の母親の誕生日だ。

 どんなパーティにしようか。プレゼントはなにがいいか。少女は妹と、母の誕生日が訪れるまで毎夜楽しく語り明かした。


 そうして、訪れる母の誕生日。

 少女は家族皆を驚かそうと、村に外にある森へと向かっていた。

 森には、そこにしか咲かないと言われる白い綺麗な花が咲いている。花を摘み、プレゼントにしようと考えていた。


 ただ、森には人を襲う狼がいるから、絶対に近付いてはいけないと母から厳しく言いつけられている。

 しかし、少女は母に喜んで欲しいからと、少しだけだと森へと入っていってしまった。


 森へ入っていった少女は、慣れない森の中を彷徨いながらも、白い花が群生する場所を見つけた。木々の隙間から陽に当たる花は、目が奪われるほどに綺麗であった。

 これをプレゼントすれば、絶対にお母さんは喜んでくれる。

 笑顔で花を摘み始めた少女は、しかし、気が付いていなかった。

 牙を剥き、唾液を垂れ流す、人を喰う狼が近くにいることに……。


 哀れ! 少女は狼のお腹の中へ!! 幸せ一杯の母の誕生日は、悲しい悲しい少女のお葬式になってしまいましたとさ。お終い。


 おっと。不服そうだね。バッドエンドは嫌いかな?


[頷く]


 そうかそうか。ならばこうしよう。

 物語を少女が狼に襲われる前へと戻す。そして、君はそこに通り掛かった狩人だ。

 少女も、狼も、君には気が付いていない。

 ただし、君は猟銃を持ってはいるが、狼は一匹ではなく、一杯いる。それこそ、数えられないほどにね。

 君が彼女を助けようとすれば最後、少女を助けられても君は助からないだろう。


 君はそれでも救うというのかね?


[救う]


 よく考えたまえ。

 この子は、君とは縁も所縁もない他人だ。なにより、母親に危ないから森へ近付くなと厳しく注意されていたというのに、約束を破って森に入った愚かな少女だ。

 なにも考えず、自身の幸福だけを見て、あまりにも現実を直視しなかった。

 そう、あまりにも愚かな少女だ!

 そんな少女を君はどうするというのだ? 助ける? 助けない?


[助ける]


 …………なぜ、ですか? どうして少女を助けようとするのですか?

 馬鹿な少女なのですよ? 注意不足で、危険へと飛び込んでしまった少女なのですよ?

 貴方が助ける価値なんて、ないのですよ?


[それでも]


[助けたい]


 ……………………………………………………………………そう、ですか。いや、そうか。君はそういう人なんだね。自分の身が危ないと分かっていても、手を差し伸べてしまえるような、優しく、勇敢な人。


[首を左右に振る]


 はは。説得力がないよ。その否定にはね。

 うん? 泣いているのかって?

 あはは。そんなはずはないだろう? 僕は君の案内人でしかないんだ。

 故に、喜びも、悲しみも、怒りも、なにも持ち合わせてはいない。ただの白ウサギでしかないのさ。



 それでは! 今日の公演はここまで!

 またいずれ。今度は夢ではなく現実で、君と出会えることを楽しみ待っているよ!


 ――君!


 ――


 真っ白い室内で、私は狼から少女を護る狩人の絵が描かれた本を閉じました。

 瞳から溢れる涙を拭わず、白いベッドで眠り続ける少年を見つめます。


「早く貴方に、初めましてと伝えさせて下さい」


 眠る貴方の横で、今日も私は貴方が目覚めるのを待ち続けます。

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