俺は社畜だ。

卯月ふたみ

俺は社畜だ

 ①


 俺は社畜だ。

 会社に飼い慣らされている。


 現状に対して不満がないわけではないが、それを変えようという行動力はないし、そもそも意思も持っていない。


 現状を変えなくても生きていける。

 その現実が、俺をこの会社に縛り付けているのだ。


 このような生き方に対して、自由を手にしている奴らは「いつまで会社に飼われてる気なの?」と質問をしてくる。


 うるせえ。

 俺の生き方にケチをつけるな。


 お前には自由が大切なのかもしれないけど、俺にとって大切なことは安心して生きていけることだ。


 ある程度の自由を放棄してでも、その代わりに得られる安定が大切なのだ。

 その価値観に対して、ほかのやつらにどうこう言われる筋合いない。


 お前が安定よりも自由を選んだように、俺は自由よりも安定を選んだ。

 ただそれだけの話さ。

 貴様らの価値観を押し付けるな。


 と、自由を謳歌してるやつらに対して思う。


 が、まあ、この自由な奴らに対して少しの嫉妬もないのかというと、そういうわけではない。


 やはりどこかで自由に憧れている自分がいる。


 わかっている。


 それはわかっている。


 でもだからこそ、自由を捨ててまで選んだ安定には価値があるんだ。


 そうだろう?



 * * * * *


 ②


 朝は誰よりも早く会社にいる。

 夜は誰よりも遅くまで残る。

 先輩社員はもちろん、後輩だって俺より先に帰る。


 会社に泊まることも少なくない。

 だからどんな悪天候でも俺だけは出社している。


 よく定時になると仕事が急に増えるが、俺は全て引き受けることにしている。


 なんたって、社畜だからな。


 それを見て、ほかの社員は入れ代わり立ち代わり俺のところへやってくる。

 そのほとんどの仕事を俺は請け負う。


 仕事を引き受ければ、みな一様にニコニコと笑顔を浮かべる。

 だから、基本的に断らない。

 ここでの仕事が好きだからな。


 まあ、かなり会社に貢献している自身はあるし、頼られている自覚もある。


 それゆえ、自身を客観的に見て「社畜だな」と心の中で自嘲することもある。

 でも、それは他人に馬鹿にされるのとは違う。


 胸を張った自嘲であることはご理解いただきたい。



 * * * * *


 ③


 誰もいなくなった会社の窓から街並みを見下ろす。


 この会社は雑居ビルの立ち並ぶエリアにある、中でも特に古い雑居ビルの一つだ。


 窓ごしに酔っぱらったおっさんの大きな笑い声が聞こえる。

 覗き込むとサラリーマンの集団が規則性もなくふらふらと歩いているのが見える。


 それを見て「ああ、今日は金曜日だったな」と思い出す。


 華の金曜日。


 他の社員が定時を迎えるとともに、ぞくぞくと帰宅していったことと符合した。


 この辺りの雑居ビルの一階にはテナントが入っており、薬屋や金物屋、ラーメン屋などが様々なお店が入っているが、夜に目立つのは居酒屋だ。


 眼下に見える楽しそうなリーマンは、きっと近くの居酒屋から出てきたのだろう。

 彼らの姿を見ているうちに、ふと、なんとなく、今日は表を歩きたい気分になった。


 俺は、専用の出口から出る。


 外に出ると足元は濡れていて少しひんやりとした。

 夕方に降っていた雨が残っている。

 アスファルトは街灯やネオンをモザイク状に反射して、宝石のようで綺麗だった。


 外の空気は思ったより寒く、もう秋かと時間の流れを感じた。


 会社の前通りを歩きはじめる。


 あまり人目につかないように、歩道の端を歩くことにした。

 なにかやましいことがあるわけじゃないが、誰か知り合いに会っても面倒だという思いがあったのだ。


 俺はオフィス街の金曜の夜の雰囲気が好きだ。


 どこか空気全体が浮ついていて、月曜からコツコツと溜まっていたエネルギーが発散されているようで、どの曜日よりも最も活気づいた曜日だ。


 別にそういう人たちに混ざりたいというわけではない。

 酒臭いし、ウザ絡みなどされてむしろ不快だ。


 でも、どこか街全体にポジティブな空気にあふれて、その楽し気な雰囲気が好きなのだ。


 ただ、それと同時に土日で会社が休みなことに対する少し寂しさもある。

 会社の誰とも会えないのが、やっぱり寂しい。


 ……な?


 俺、完全に社畜だろ?


 とまあ、そんなわけで、俺にとって金曜の夜というのは、どちらかというと寂寥を感じる曜日でもある。


 ……早く月曜にならないかな。


 なんて思い、そういえば先週も、先々週も、そのずっと前も、毎週金曜日の夜は同じこと考えていた。


 きっと、俺は社畜で幸せなんだと思う。



 *****


 ③


 翌週の月曜日。

 俺はいつものように誰よりも早く出社した。

 日課となっている朝一の社内徘徊をしていると、しばらくして誰かが出社してきた気配があった。


 そしてすぐに

「おーい」

 と呼ぶ声がした。


 月曜の早朝だというのに、さっそく仕事をふられるようだ。


 この声はほぼ5つ後輩の女の声だ。

 仕方ないので俺は彼女のもとへと向かう。


 今日からまた、5日間が始まる。

 社畜の風上にも置けないような奴らには、月曜が憂鬱らしいが社畜の俺にとっては待ちに待った5日間だ。

 なんたって、会社の奴らに会えるし、いっぱい仕事ができるから。




 同僚は俺を見つけるとニコニコしながら近づいて来てしゃがんだ。


 そして、俺はひとしきりという仕事をこなす。


 すると、なんと同僚はカバンの中からチャオチュールを取り出したのだ!


 俺は思わぬボーナスに、思わず声を出す。


「ニャア!」


 幸先のいい月曜日だ。

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