この世界から失われた1文字を探す葬式

ちびまるフォイ

やがて始まる知ったかぶりと他人に頼れなくなる世界

葬式は故文字の実家でしめやかに行われてた。


「あれがなくなるなんて……」

「これから私達どうすればいいの……」

「惜しい文字をなくしたわ……」


葬式会場は悲しみに包まれていた。


「この度は……お悔やみ申し上げます」


「どうも……」


親の代わりに葬式に参列することにはなったが、

周りを見ても知っている人が誰もいない。


さらに悪いことに、何が亡くなったのかさえわからない。


誰が死んだのか、なんて葬式会場で聞くほど不謹慎なことはないだろう。


「どうか、お焼香を上げてきてください」

「はい……」


喜んで、とつけたくなった自分の喉をぐっとこらえた。

遺影の写真を見れば一発っでわかるだろう。


「あれ……」


写真はどこにもなかった。

それどころか棺もない。


ふすまをしめて誰も見ていないのを確認してから、

こっそりスマホを取り出して親に連絡した。


>いったい誰の葬式なんだよ!!

 知ったかし続けるのもいい加減限界だよ!


早く返信してくれと祈る。

運良く返信が帰ってきた。


>俺も知らん。アルファベットの葬式だったはずだ


「知らねぇのかい!!」


「なにか」


ふすまがさっと開けられた。

慌ててスマホを隠してその場を取り繕う。


「い、いやぁ……実は昔、一緒に起業すると約束してまして。

 なのに先に死んでしまうなんて、ひどいじゃないかというような

 そんな感じのことでつい声を荒げてしまったんですよ」


「そうですか……」


「お、惜しい方を亡くしましたね……」


いったいこの葬式がアルファベットのどの文字なのかはっきりさせなくては。

相手の素性を確認するふりをして、アルファベットの特定に入る。


「そうですね……生前はよくお世話になりました……。

 それこそ、子供のころは親に対して使っていましたっけ」


「よくお世話になる……アルファベット……」


この人のイニシャルだろうか。

かといって、「あなた誰とは言いづらい」。


「あ、申し遅れました。俺はミヤマといいます」


「こちらこそ。私はコーカサスオオカブト、です」


自分から名乗るのを呼び水に相手の自己紹介を引っ張り出した。


「コーカサス……オオカブト、と」


ローマ字で紙に書いてみた。

どのアルファベットも欠けていない。


「死んだのはKとかではないのか……」


いっそもう普通に尋ねればいいと思う自分がいるが、

それがけしてできないような不思議な力で抑えられている。


「こうなったら、50音すべて書き出してみようか」


アルファベットはA-Zまで50音。

これをひとつずつ書いていけば、欠損している部分で止まるはず。


「A-B-C-D-E-F-G、えっと、H-I-J-K-……N-N-M……」


立ちはだかるは自分の老化。

かつては頭に刻み込まれていた英語の歌も溶け出してしまった。


歌が止まってしまうのは自分が単に忘れているのか、

それともそのアルファベットが死んでこの世から消えているから続きが歌えないのか。


確実なのはこの手法を何度も繰り返すのはあまりにリスキー。


アルファベットの葬式会場で他のアルファベットの名前を読み上げるなんて不謹慎すぎる。


高齢者の同窓会でかつてのクラスメートの生存・死亡の出席を取るようなものだ。


「ああもういったいどのアルファベットが死んだんだ!!」


口で訪ねようとしても、死んだアルファベットが尋ねる文章に含まれているからか声に出ない。

そこで紙に書いて誰が死んだのか聞くしかない。


その結果、白い目で見られたとしても知ったかぶりがバレるよりもずっといい。


『この葬式はどのアルファベットの葬式ですか』


と紙に書いて参列者に見せた。


「君は何を言っているんだ」

「そんなの普通に過ごしていれば気づくだろ」

「こっちは落ち込んでいるんだ。ほっといてくれ」


「ちょ、ちょっと待ってください!

 教えてくれたっていいじゃないですか!」


誰も頑なに答えてくれない。

それどころか俺の質問を理解してくれていない。


どのアルファベットが死んだのかを知りたいのに、

「不謹慎」などと文句つけるばかりで相手にしてくれない。


「ひょっとして……どのアルファベットが死んだのか知らないとか……」


「君! 今の独り言聞こえたぞ! 馬鹿にするんじゃない!」

「何が死んだのかわかっているからこうしてここに来てるんじゃないか!」

「君こそさっきからなんだ! 何が死んだ何が死んだと!!」


「俺は親父の代理で来たからわからなくて……」


「君のような人間が会場にいることこそが冒涜だ! 出ていけ!!」


「ちょっ……その前になんで答えてくれないんですか!

 さっきからずっと何が死んだのか聞いているのに!」


俺の必死の抵抗もむなしくぽいと葬式の外に追い出されてしまった。

誰ひとりとして俺の言葉に答えてくれる人はいなかった。


「なんで答えてくれないんだよ……減るもんじゃないのに……」


「あのう、すみません」


ふと顔を上げると地図を持っている人が立っていた。

見るからに道に迷ってます、と言った顔をしている。


「ここは葬式会場ですね」


「え、あ、はあ」


「ここで文字の葬式が行われているんですね」


「……え、ええ」


なんだか棘があるなぁ、と心の底で毒づいた。


「この会場はここであっているか、確かめてください」


「……なんで俺が」


地図を渡されて、目的地がこの場所であることがわかった。


生前に書かれたであろうその地図には、

死んだことで世界から消えたかつての1文字が書かれていた。



「?」の実家

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