15.いまは捨て置け

 破壊魔法陣に音はない。振動もない。派手さにかけるが、その分だけ威力は凄まじかった。爆発に音や爆風が伴うのは、込めた力が外に逃げた証拠だ。しかし破壊魔法陣はすべてを内側で消費する。術師以外のすべてを木っ端微塵に砕き、発生した音も衝撃も吸収して再び利用して壊し尽くすのだ。


 前にいた世界で使用が禁止されたのも当然だった。これは使い方を誤れば世界そのものを壊して、虚空を作り出す。光と闇以外が消滅するほどの魔法陣は、いくつも回路を使い魔力を高めて練りあげる装置だった。膝の力が抜けるが、膝や手を突く気はない。


 大きく肩で息をして、根こそぎ持ち去られた魔力が回復するまで動けずにいた。


「サタン様っ! サタン様……」


 泣きながら駆け寄るリリアーナの声に、振り返る気力もない。だが放っておけば駆けてくるだろう。危険性はないため放置すれば、後ろから抱き着かれる。ここまでは予想通りだが、肩を貸して杖代わりになろうとしたのは意外だった。


「重いぞ」


「平気だもん」


 ドラゴンに余計な言葉だったか。ワンピースの裾が汚れるのも気にせず、彼女はオレを支えて移動を始めた。魔法陣により黒く変色した土地を抜けると、安心した様子で表情が柔らかくなる。


「終わった。帰るぞ」


「この土地はどうするの?」


 いずれ開拓するだろうが、今である必要はない。眠ったばかりの神々が世界に溶けて馴染むまで、思い出の場所を残そうと思った。昔のオレならそんな考えはなかっただろう。ずいぶんと絆されたものだ。くつりと喉を震わせて笑った。


「今は捨て置け」


「乗せて飛びたい」


 転移が使えるほど魔力が残っていないオレを気遣ったのか。リリアーナは自らの望みとして、背に乗れと促す。断られないと見て取るや、彼女は数歩離れた竜化した。以前より艶を増した黒い鱗は、光を浴びて青光りする。魔力量も順調に増やしているらしい。


 無言で背に乗るオレの後ろに、アスタルテが双子を連れて続いた。ふわりと舞い上がるリリアーナは、新たに解放された土地を祝福するように旋回してから城へ向かう。双子は同族の死に衝撃を受けたらしい。鼻を啜っているが、アスタルテに任せて問題なさそうだ。


 中庭に作らせた離発着用の塔に、危なげなく到着したリリアーナがするりと人化した。


「あ、指輪がない!」


 サタン様に貰ったのにと涙を零すが、あれはそれほど高価な宝飾品ではない。だが物の価値は人により違う。オレに貰ったという部分が重要だと訴えるリリアーナの眦にキスを落とした。驚いて涙の止まった彼女に「後でまたくれてやる」と約束する。


 解散する様子のない顔ぶれと塔を出たオレは、アルシエルやウラノス達に囲まれた。先ほど爆発した魔法陣の余波はない。外へ漏れることはないが、発動直前まで高めた魔力には気づかれたようだ。


「事情をお話しください」


「何があったのですか」


「あの土地で……」


 あまりの騒がしさに肩を竦めて、威圧で黙らせる。ぴたりと止んだ声に満足しながら、オレは怠い体で歩き出した。慌てて腕を組むリリアーナの気遣う眼差しが心地よい。


「これから話してやる。来い」

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