403.奴らはきっといい肥料になるわ

 書類をひたすら片付けることが、主君である魔王サタンの役に立つ方法だ。瑣末ごとで、あの方の手を煩わせたくない。マルファスが利用された件は、文官である自分達が狙われ利用されることへの警告となった。


 気を引き締めて書類を確認する。内政をすべて委任してくれた主君に報いるため、アガレスは必死だった。


「アガレス、ちょっといいかしら」


「忙しいです」


 即答で切り捨てる。書類は山積みだし、手を止める余裕はない。そう突き放したにも関わらず、オリヴィエラは気にせず入室した。後ろで申し訳なさそうにロゼマリアが一礼する。


「はぁ、なんですか」


 彼女がいれば無視をするわけにいかない。一応バシレイアの王女だった上、現在は魔王の王妹として認識されているのだから。ロゼマリアに対して礼を尽くすため、アガレスはペンを置いた。


「地下に巨大ミミズが迫ってるわ」


 アガレスの機嫌が悪いと見るや、オリヴィエラは結論から叩きつけた。一番衝撃的な情報から口にする。案の定、アガレスは片眼鏡を外して顔を上げた。


「それで、対策は」


「地下水脈を使うから、許可が欲しいの」


 先程の地図を取り出すが、机の上は書類が犇めき合う状況で、上に置くのは無理だ。仕方なく、オリヴィエラは窓に地図を貼り付けた。


「ミミズのいる場所はここ。西の水脈はこれよ」


「東の穀倉地帯……ですか」


 魔物にとって穀物など興味がない。ただ王都前に広い土地があったから、出現場所として選んだだけ。この場所に麦畑があり、整えられた水路によって作物が育っていることなど、知る由もない。知っていても避ける義務や気遣いはなかった。


 魔族同士の戦いにおいて、地上の被害など考慮するに及ばないのが普通だ。荒らされる側の怒りなど関係なかった。それが強者ゆえの驕りだとしても。食物連鎖の頂点に立つ生き物の傲慢さを、これ以上なく発揮する。


「東の麦畑を荒らされるのは困るでしょう? 少し西側に小さな雑木林があるの。この下に湖を作るわ」


「地下湖……」


 アガレスは以前の経験から、魔族の作戦に常識は通用しないと学んでいる。そのためオリヴィエラの奇想天外な作戦を理解しようと、質問を飲み込んだ。彼女の言う雑木林は、最近手を入れたばかりの林だった。果物の木を植える予定だが、ここに地下湖を作るらしい。


「雑木林の地下深くに空洞があったわ。流れを変えた地下水を流し込むのよ。ミミズを入れて溺れさせる予定。きっといい肥料になるわ」


 得意げにそう言われても、アガレスの側から見ると難解な数式と答えをいきなり突きつけられた形だ。途中経過の説明が足りなさすぎた。


「確実に誘き寄せることが出来ますか?」


「ええ。餌があるもの」


「ならば陛下から預かった権限で許可しましょう。絶対に逃さないでください」


「わかってるわ」


 グリフォンの化身は、自信ありげな表情で笑った。

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