383.対価として片方もらおうか
千切れかけの耳を放置し、アスタルテの手が頬に滑る。優しい触れ方に顔をあげたエルフの目へ、鋭い爪を突きつけた。
「私は嘘が嫌いだ――わかるか?」
だからどうしろと指示はしない。苦痛の中で自ら解決策を見つけるのが、虜囚となった者の運命だった。拷問時に一から十まで説明して指示すれば、確かにエルフはその通り動く。拷問官の望む答えを口にするために、必死で媚びるだろう。それでは価値がない。
こちらの望む自白ではなく、自らが知る真実を報告してもらわねば……助かるための嘘を吹き込まれる。ある程度尋問に慣れた者がよく嵌まる罠だった。相手の心を完全に折らぬまま答えを求めれば、労力がすべて無駄になる。
「これ以上
見開いた目を守ろうと閉じる目蓋を、強引に指で押さえた。魔法を使えば簡単な作業を自らの手で行うのは理由がある。
「ぎゃあぁ……っ、あ、ぅ」
「おっと。これは失礼した」
手が滑ったフリを装い、エルフの目蓋の縁を爪の先で削ぎ落とす。視神経が集まる目の周囲は皮膚が薄く、ゆえに傷つけられるとすぐに神経が過敏に反応する。激痛が走ることに加え、目を攻撃されるとその動きがすべて見える恐怖が蓄積された。
赤い血が噴き出し、視界を染めていく。失明すれば役に立たなくなり捨てられる。尋問で黙っていても役立たずにされ、話せば仲間を裏切ることになった。ここが最初の関門だ。自らの保身を図るか、仲間を取るか。どちらを選んでも結果は同じなのだが。
「魔法を使ってもよいが、加減が難しくてな。眼球を潰しかねない」
そろりと動かした指先を、目が必死に追う。乾く眼球をぬるりと血が覆い、瞬き出来ない表面を保護する皮肉な状況だった。
「ひっ……」
引きつった声をあげるエルフに、ことさら優しい声で語りかけた。口元に笑みを浮かべ、楽しそうな表情を隠さずに。そして傷になった目の周りをゆっくり爪で辿る。
「エルフの目は魔石の媒体として最高だと聞いた。私にとって耳より価値がある」
そんな話は噂に過ぎず、真偽のほどを問われたら嘘だろう。わかっていて興味と好奇心から欲しいと口にする。女エルフにとっては悪夢だった。
「耳を諦める対価として片方もらおうか」
実験に成功したら魔石はお前に返そう。そう付け加えて、目の縁の視神経を数本爪先で触れる。あと数ミリ深く突き立てて抉れば、目を抉りだせると錯覚させた。
「や、話すっ! ぜんぶ……」
「仲間を裏切れないはずだ」
そうでなくては抉る理由がなくなる。にっこり笑ってエルフの言葉を否定する。底の見えない恐怖と得体のしれない笑み……そして決定打となる一言を添えた。
「安心してくれ。面倒なのでエルフ族まるごと滅ぼすことにした」
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