355.遊びではないぞ
かつて妹分のクリスティーヌを落とす曲芸飛行をした黒竜の娘は、安定した飛行で森の上を飛ぶ。上空まで旋回しながら高度を稼ぎ、滑空する勢いを利用して加速した。かなり高度な技術だが、他の者が乗ったときはやめさせる必要がある。
振り落とされる可能性が高い。魔力で結界を張って身体を守れない種族は、落下するだろう。黒銀の鱗を輝かせるリリアーナが「くぁあああ!」と一声鳴く。呼応するようにアルシエルが吠え、親子は森の拓けた一角に真っ直ぐ降りた。
森を流れる川が蛇行した先に出来た湖面が、きらりと光を弾く。目のいいリリアーナが見つけたのは、戦うマルコシアスの姿だった。かつてグリュポス王都を襲う際に共闘したこともあり、見間違うことはない。
「ご苦労」
下降する勢いを利用したリリアーナの後脚の爪が、大蛇の腹を掴んで地面に縫い付ける。彼女の背から飛び降り、一声労う。得意げに喉を逸らせて鳴いたリリアーナは、捕まえた獲物が絡み付いた尻尾を乱暴に振った。
後ろに集まった熊に似た魔獣を蹴散らす。同時に、尻尾に絡んで締め上げようとした大蛇の頭を噛み砕いた。食いちぎった頭を放り投げ、するりと人化する。赤い血がついた頬を乱暴に腕で拭い、薄水色のワンピースを纏った。
「マルコシアス、無事か」
「我が君、ご足労いただき申し訳ありませぬ。この通り数が多いばかりの雑魚にございます」
数を揃えただけで強者はいない。そう告げるマルコシアスだが、複雑そうな表情で右側を警戒している。そちらへ魔力を広げれば、感知の範囲に複数の反応があった。
ここは人間を入植させた地域から離れている。どうやらマルコシアス自身が囮となり、彼らを人間の居留地に近づけなかったようだ。銀に近い灰色の巨狼の白い鬣を撫でてやり、周囲の様子を窺った。
エルフらしき反応が2つ、黒竜王に匹敵する気配が1つ、小さいが練られた魔力が4つか。魔獣達は気配を誤魔化す数合わせだろう。
黒いマントをばさりと手で払い、オレは上空で待機する黒竜王を呼ぶ。
「アルシエル」
背に子供達を乗せているのを忘れたかと思う角度で、黒竜王が湖に着水した。派手な水飛沫が視界を奪う。
「うわっ」
「冷たいぃ」
双子神が文句を言うが、着水前に2人とも飛び降りている。背にしがみついて湖の洗礼を浴びたのは、ヴィネだった。
「くっそ、卑怯だぞ」
先に飛び降りた2人にまず文句をつけ、それから黒竜王の背から水面に滑り落ちた。ハイエルフは自然との融和性が高く、ゆえに精霊のような魔法を使う。水面を駆けて地上にたどり着くと、ほっと息を吐いてからアルシエルを振り返った。
「乱暴なんだよ!」
あのアルシエルがきょとんとしている。黒竜の姿で、彼は大きく尻尾を振った。ばしゃっと大量の水がヴィネの頭から足の先まで濡らす。
「これならば気になるまい」
全身びしょ濡れにされたヴィネが舌打ちし、とばっちりで飛んだ水を乾かすアナトが頬を膨らませる。バアルはきらきらした水に喜んでおり、自ら水浴びを始めてしまった。
「遊びではないぞ」
叱る口調もどこか緩い。先日の戦いから見れば小さな諍いだが、オレ自身も気を引き締めた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます