353.いつの間にそんな話になった

 魔力が落ち着いて元の人型に戻れば、魔力の制御もさほど難しくない。怯えて物影に隠れていたクリスティーヌが駆け寄り、リリアーナにしがみついた。


「リリー、リリー」


 名を呼んで泣く姿に悪いことをした気がする。居心地の悪さに溜め息をつくと、アナトがバアルを引きずって歩み寄った。上から下までじっくり観察され、眉を顰める。すると嬉しそうに抱き着いた。


「よかった。戻ったね」


「サタン様だ」


 無邪気に喜ぶ双子の後ろから、出遅れたククルも隙間を見つけて頭をねじ込む。押されながら受け止め、必死にしがみ付く子供達に言い聞かせた。


「問題ない。アスタルテの後片付けを手伝ってやれ」


 手が届く距離だが数歩下がって苦笑いする右腕は、優雅に一礼した。


「お手数をおかけしました」


「いや、心配させた」


 首を横に振るアスタルテが浮かべた笑みを裏切るように、頬に涙が伝う。気づいていないのか、拭わぬアスタルテにククルが体当たりした。少女姿に戻ったククルは、素手でアスタルテの頬を包む。慰めるように優しい動きで拭った。


「安心したらお腹空いちゃった」


 ふふっと笑うククルがよろめき、後ろからマルファスが支えた。騒動に駆けつけたアガレスが慌てて指示を出す。


「休憩用の部屋をいくつか用意させます。全員休憩をとって、体調を整えてください。食事を用意して! 急ぎなさい」


 騒ぎと大声を聞きつけた侍女達が慌てて走り回る。準備できた部屋に放り込まれ、リリアーナに強引に座らされた。当然のように隣に腰掛けた彼女は、にこにことご機嫌だ。


 ククルを抱き上げたマルファスの親しげな様子を思い出す。未婚の雌を抱き上げる行為を、誰も指摘しなかった。それが逆に不思議で、リリアーナに尋ねる。


「え? サタン様知らなかったの?」

 

 当然知っていると思われていたらしい。報告しなかったのではなく、誰かが報告したと全員が考えた。そう言われれば、報告の遅れを咎めるのも気が引ける。


「ククル姉さんは、マルファスと結婚するんだって。神族だから契約だったっけ? なんか儀式するみたいよ」


「いつの間にそんな話になった」


 外敵に気を取られている間に、妹のような存在に虫がついたのだ。自然と口調は刺々しくなった。


「ククル姉さんが倒れて、ずっとレーシーがいたでしょ。あの頃からマルファスも出入りしてた。一目惚れなんだってね」


 他人事として淡々と語るリリアーナは、ゆらりと尻尾を振った。隠せるようになった尻尾だが、やはり出している方が好ましい。感情を豊かに示す尾を左右に揺らしながら、リリアーナは膝の上に頭を乗せて仰向けに寝転がる。長椅子の上で無防備な格好をとる少女が手を伸ばした。


「ローザはオリヴィエラと暮らすんだって」


 後宮に残りたいと言った2人を思い出す。側妃になれば、他の王族に嫁がずに済むと言っていたから、その延長だろう。この辺の事情は理解していたため、そうかと頷く。


「失礼いたします」


 侍女が果物を運んできて、ちらりとリリアーナを見る。スカートが乱れた状態で寝転んだ少女とオレを交互に見て、慌てて出て行った。顔を赤らめる意味がよくわからない。

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