348.娘はそれでも父親を庇うものだ

 この場にいる者は、戦いに魔力を使っていた。オレに魔力を提供すれば、魔法陣の完成までもたずアペプに押し返される。余剰はなかった。


「地脈にまだ魔力がある」


 ヴィネがどかっと胡座をかいて座り、大地に模様を描いた。その一箇所から真っ直ぐに己の方角へ線を引く。ハイエルフは森の申し子であり番人……その言葉の意味が今、目の前で詳らかになった。


 よそに流れる地脈の向きを、強引に捻じ曲げる。何度も使える技ではなく、応急処置なのだろう。青ざめたヴィネの唇は震え、呼吸が荒くなった。脂汗の滲む額を拭うこともせず、ぽたりと大地に染み込ませる。


「あと、ちょ、っと……」


 己のハイエルフの魔力と血を餌に、地脈を誘き寄せた。ウラノスが大急ぎで新しい道を開く。魔法陣で固定して引き出した魔力を流すが、大地を伝ってアペプも余波を浴びた。互いに魔力を集めてぶつけ合う消耗戦の様相を呈していく。


「でぇい!!」


 とびかかったリリアーナが千切り放った欠片を、マヤが魔法で焼き尽くす。炎系の属性と相性がいい彼女は、高温の青い炎を杖の先に点していた。何度も新しく放つより、ずっと維持していた方が魔力の消費が少ない。人間ならではの工夫で、彼女は淡々と炎を欠片に向けた。


 親族特有の魔力の融和性を利用し、兄ティカルは妹の補助に徹する。手をつないだ妹マヤへ己の魔力をすべて供給した。ついでに飛んできた欠片を蹴飛ばしたり踏んづけて、幼い妹を物理的にも敵から遠ざける。拾われた頃から妹思いだった兄は、今も戦場で妹を守っていた。


 ぐぎゃぁ、がああああ!


 怒りの咆哮を上げたアペプが、一気に反撃に出る。集めた魔力をくみ上げて、風を操り叩きつけた。とっさに腕を上げて防ごうとしたアルシエルに、ウラノスが叫ぶ。


「結界を!」


「あぶない!」


 ウラノスの忠告に、戦っていたリリアーナの声が重なる。ぱっと散った赤がリリアーナの金髪にかかった。飛びついて防ごうとしたリリアーナの頬が切れ、アルシエルは己の腕で刃を防いだ。


 叩きつけた暴風に潜ませた氷の刃に気づいたウラノスの結界が機能し、アルシエルの腕は落ちずに切れただけ。砕けた氷の刃がかすめたリリアーナの頬も、大した傷ではない。すぐにアルシエルを押しのけて、アスタルテの援護に戻るリリアーナを見つめる黒竜王の表情は複雑な感情を滲ませた。


 この大切な場面で、俺をかばっている場合ではない。だが娘が俺を助けようとした気持ちは嬉しい。混じりあった2つの感情で揺れる男は、また黙々とアペプを千切り始めた。娘の顔に傷をつけた黒い神は、黒竜王の怒りの拳に叩き潰される。


「……意外でしたな」


 魔法で焼き尽くす役目に戻ったウラノスは、ぼそっと呟いた。この場面でリリアーナが危険を冒してまで、アルシエルを庇った状況が理解できない。そんな彼らの様子を見ながら、編み上げた魔法陣をさらに広げて最終確認に入った。


「サタン様、これで終わりです」


 アスタルテの言葉がカギだ。大地を覆った魔法陣へ魔力を一気に流した。





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表紙イラストがつきました!

https://26457.mitemin.net/i508864/

表紙イラスト:たくお様(https://profile.coconala.com/users/1162112)

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