272.ゲーム盤の果てに何があるか
暗い場所で闇が育つ。ぞろりと目を動かし、何もない暗闇を映した瞳が瞬いた。漆黒の闇そのもの、瞳も髪も黒く肌は褐色に近い。その肌を縛るように、絹糸が絡み付いていた。艶のある黒が絡まる。
同化しかけの闇を指先でなぞり、黒い生き物は嗤った――僕が作った駒を壊すのは誰? まだ終わらない血の饗宴を、終息させようとする者がいる。長引かせて、大地に血を染み渡らせてよ。でないと僕を縛るこの髪が解けない。
絹糸に見える拘束は、誰かの艶やかな黒髪だった。命をかけて作った拘束の隙間を縫い、少しずつ地上に干渉する。徐々に狂わせたのに、あと少しなのに。
呻く人影が漆黒の闇を睨み付けた。このまま封じられ終わる気はない。消滅なんてしない。必ず隙間を見つけて、そとへ出る。純粋で強い意志がじわりと闇を侵食した。
広げた地図を前に、オレは奇妙な空白に気付いた。巧妙に隠された小さな穴だ。
バシレイアの位置から上に移動しグリュポス、右に移動すればテッサリア、その上はキララウスがあった山脈、下に降りてユーダリル、イザヴェルが続く。さらに指を動かしてビフレスト、砂漠と荒野を挟んで、再びバシレイアに戻った。左には魔族が住む森と山脈だ。
中央に砂漠と荒野があるが、横断する形で大河が流れる。この中央の空白地が砂漠となる原因も理由も見当たらなかった。アガレスに申し付けた天候の記録を見ても、この砂漠に雨が降った記録はある。草原であってもおかしくないのだ。
この世界に関して、奇妙な点はまだあった。世界が違うから、同じ常識が当てはまるとは限らない。それでも周辺の常識を当て嵌めると、妙だった。
「この世界に海はなく、果てがあるのか」
まるでゲーム盤だ。平らな板の上に並べた駒を覗き込んだように感じた。前の世界は球体で、前進し続け同じ場所に戻ることが出来る。この世界の果てに当たる山脈の向こう側は、一切の情報がなかった。
バシレイアや人間の国が知らないだけか? そう考えてアルシエルに尋ねたが、彼も山脈の向こうを知らなかった。それどころか、山頂が世界の終わりだと気付いていない。
魔王の側近になる魔族が、己の世界の大きさすら見誤り、その違和感を覚えないことが異常だった。指摘され、初めてアルシエルは動揺する。
一度も疑ったことがなかったと呟き、食い入るように地図を眺めて唸った。世界観が覆る衝撃に、すぐ発したのは予想通りの言葉だ。
「山頂の向こうを確かめよう」
許可を出し、彼の自由にさせた。それが昨日のこと……執務机の上に広げた地図の一角を指差す。
「ここだ」
アルシエルと主従関係を結んだオレは、彼の居場所がある程度絞れた。呼びかけに答えず、しかし頂上から動かない。動けない可能性を考慮し、種族をバラして捜索隊を組んだ。
「連れ帰れ」
気を付けろと注意する必要はない。頷いたメンバーの表情は覚悟と心配を滲ませていた。アナトとバアル、ウラノス、ヴィネ、オリヴィエラだ。指揮を取るのはアースティルティトだった。
黒竜王アルシエルに干渉するなら、同種のリリアーナは危険だと残した。不満そうにしながらも、彼女は素直に頷く。まだ未熟なクリスティーヌは、後方支援として通信を担当する。
「行ってまいりますわ」
一礼して魔族を引き連れて消える吸血鬼を見送り、まだ本調子に戻らないオレは椅子に腰掛ける。足元に侍る形で床に座ったリリアーナが、心配だと金の瞳を瞬いた。
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