261.大地の警告を聞き逃した罰か
アルシエルの疑問に、マルファスが肩を竦める。
「俺は初めて会ったので知りませんが、グリュポスや他国の難民とは全然違います」
「譲り合いは美徳です」
スライマーンが補足した情報に、アルシエルは少し考え込んだ。
「山の奥深く、それは人にして人間に非ず。どこまでも清らかで、礼儀を知る者らに歓待を受けた――前魔王陛下が口にされたが、あれはキララウスであったかも知れぬ」
「前魔王陛下ですか? 私は直接存じ上げませんが、先祖が異種族を歓待した話は伝わっております。我が国は他国との交流が少ないため、口伝えが発達していますので……」
口伝え専門の者がいるのだという。文字で伝えることも行っているが、戦や災害の場合に持ち出せないことも想定した対策だ。それだけ山奥の生活は過酷なのだろう。
「いずれ聞かせてもらえたら嬉しい」
アルシエルの申し出に目を見開いたスライマーンは、頬を緩めて大きく頷いた。アルシエルの褐色の手を握って、喜びを改めて口にする。
「ところで、王太子殿下に質問をお許しいただけますでしょうか?」
礼儀作法を叩き込まれたマルファスは、まるでアガレスのような態度と口調で頭を下げる。スライマーンが了承すると、ずばりと聞きづらいことを尋ねた。この部分はアガレスより優秀かも知れない。良くも悪くも、気になったら聞かずにいられない好奇心の塊なのだ。
「キララウスは山の民と認識していましたが、28隻もの船を常備しておられるのですか?」
「……どこから話せば良いか。難しい話ですが、我が国は数年前から災害が続いておりました」
そこから語られた話は、魔族であるアルシエルはもちろん、情報収集に勤しむマルファスも初耳だった。
キララウスが国を構えた土地は、この大陸で一番高い山の手前だ。後ろに山脈を背負う高山地のため、植物は特殊なものしか育たない。豆類を主食とした彼らの生活は慎ましく、夏は涼しいが冬は厳しい雪や氷に閉ざされる。小動物も少なく、家畜も冬に凍死してしまう環境だった。
そこで夏は高山地へ登り、冬は麓へ降りる生活を繰り返すようになった。何世代もそうして遊牧民として家畜を連れた生活を送る。土地や民が貧しいため、軍事国家の侵略もなかった。
平和な中で助け合いの精神が生まれたのは、種族として生き残る為の知恵だろう。逃げてくる難民を保護したことも数えきれない。助けを求められれば、可能な限りの対応をした。そんな彼らの生活が一変したのは、数年前だ。
夏に訪れる高山の一角が崩れた。最初は僅かな落石がある程度で、誰も気に留めなかったのだ。それが翌年は山肌が抉れて、地形が大きく変わっていた。そして昨年、ついに山が牙を向く。
何度も警告した山の声を聞き逃してしまった……そう呟いたスライマーンの表情は暗かった。彼の婚約者や姉を含め、山草を探しに山に入った数十人が崩れた山に飲まれる。悲嘆に暮れる国民に追い討ちをかけたのは、冬の雪崩だった。
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