220.心を折るなら徹底すべきだ

「この者は強情で、拷問で口を割ることはありますまい」


 そうであろうと頷く。異論はなかった。ただ、アルシエルがこのタイミングで、ウラノスを庇うような発言をする意味が気を引く。拷問に屈しない存在だから無駄だと言いたいのか。次の言葉を待てば、無言のオレに緊張した面持ちで黒竜王は口を開いた。


「ウラノスはこの世界では長寿の魔族。前魔王陛下により封じられたこの者には……絶対の弱点がございます」


 明確に弱点と口にしたアルシエルは、その弱点を知るのだろう。ちらりと視線を向ければ、ウラノスがぎりりと歯を食いしばった。気まぐれに彼の耳を片方引き千切る。


「うぐぅ……」


 噛み殺し損ねた苦痛の声は、オレの苛立つ神経を僅かに鎮めてくれた。強情で駆け引きに長けた卑怯者――ウラノスの評価は事実とかけ離れていない。ならば、少年姿の吸血種が隠す弱点は効果が高いだろう。


 弱点を教えろと命じる必要はない。オレに伝える気があるから、アルシエルは弱点の存在を告げた。何か引き換えの条件があるなら、提示されるまで待つのが上位者の正しい在り方だった。こちらから譲歩して「条件はなんだ」と尋ねたり「教えろ」と遜るのは、相手が配下でない場合の対応だ。


 すでに忠誠を誓い、真名を捧げた配下はオレの支配下にある。黙って待つオレの前に膝をつき、アルシエルは淡々とした声で答えを奏上した。


「ウラノスには孫娘がおります」


 ウラノスが可愛がった愛娘の忘れ形見だ。娘がすでに亡くなった今、ウラノスにとって孫は最愛の存在だと、情報を付け足した。


「貴様っ……よく、も」


 ウラノスの低く唸る声に、アルシエルは平然と切り返した。


「己の信念と主君のため、命を含め全てを捧げろと教えたは、爺自身ではないか」


 教えに従っただけ。師が秘匿する情報であれ、黒竜王にとっては命より軽い。何も躊躇う必要はなかった。その潔さは、戦いで見せた黒竜王の矜恃を思い出せる。


 かつての弟子の裏切りに目を見開く銀髪の少年の顎に手をかけ、魔力で拘束した身体を招き寄せた。見開いた緑瞳と視線を合わせ、赤い血色の目を細める。


 噛み締めた歯がぎり、と硬い音を立てた。すり潰す末端は、指から掌に範囲を広げている。ゆっくりと時間をかけて潰す肉や骨は、軋んだ音で激痛を知らしめた。


「お前の孫はわかっている。我が配下、クリスティーヌであろう」


 答えは簡単に導くことが出来た。ウラノスは地下牢に封じられたのではない。どこかから入り込んだのだ。封じられた地から、己の血縁を求めてたどり着いた先で、居心地の良い隠れ家を見つけた。


 この王城が建つ前より封じられた存在であったなら、召喚されたオレの魔力感知に引っ掛かったはずだ。あの時点で何も感じなかったのは、彼はその後にこの城の地下牢へ住み着いたことを意味する。


「いかがしたものか。お前の目の前で、クリスティーヌの手足を千切るか? 吸血種ゆえ、長持ちする玩具であろうな」


 配下だからこそ、躊躇はない。クリスティーヌとは契約を交わしており、彼女は逆らわず良い声で囀るだろう。激痛に苛まれても、どれほど残酷な方法で殺されようと、魔族にとって主君は己のすべてだった。


 己の指が失われても何も漏らさなかった、きつく結んだ唇が戦慄く。青ざめた唇が細い息を吐き出した。


「負け、だ」


 孫を想い、ウラノスの心が折れた瞬間だった。

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