203.側近を目指すなら必要な意識共有だ
いかがなさいますか? そう問うなら、我が国の宰相は務まらない。傀儡のように命令を待つ部下は必要なかった。モノクルの縁を撫でる癖を見せながら、アガレスは淡々と話を進める。
「現在動けるのはリリアーナ様とクリスティーヌ様、魔王陛下と……お客人だけですが」
意味ありげに黒竜王の存在を匂わせるアガレスに、大きく頷いた。新しく手に入れた戦力を披露しろと言いたいのだろう。今後の戦略を立てる上でも、手の内の戦力を把握するのは必須条件だ。
アガレスの中で、同盟国テッサリアを救ってグリュポス跡地を守る策は決定事項らしい。そのために必要な戦力の算定も行った上で、グリフォンが留守にした今、誰を出すか問うているのだ。彼がそれを口に出す以上、すでに結論は出ていた。
「黒竜王を出す」
決断に誰も反論はしなかった。ただ、足元のリリアーナが不満そうに喉を鳴らす。視線を向けるともの言いたげな態度だが、彼女は言葉に出さない。その程度の不満なら飲み込めと視線を逸して立ち上がった。
「かしこまりました、魔王陛下の治世に栄光あれ」
宰相の言葉に頷き、部屋を出る。後ろから走ってきたクリスティーヌが、リリアーナの不満を察して口にした。
「サタン様、どうしてリリーじゃないの」
リリ姉さまと幼い呼び方を卒業したのは、ロゼマリアの教育を受け始めた頃からか。下から覗き込む黒髪の少女は、淡い黄色のワンピースでしがみついた。リリアーナの狩りの獲物の血を定期的に貰うためか、成長著しく拾われた頃から8cmほど背が伸びている。
「お前達はこの国の現在の戦力をどう判断する?」
歩きながら彼女らに教育を施す。ただの世間話ではなく、戦略講義でもない。オレの側近として隣にあるため必要な知識と考え方をすり合わせる作業だった。
オレの意見に迎合して頷くだけなら、部下。対案を提示して配下、側近となるにはもっと深い部分で共通の認識を持つ必要があった。言わずとも通じる。遠く離れていてもオレの考えを予想し、くみ取って動くくらいの意識共有が必須だった。
これは言葉で説明して理解できる感覚ではなく、何度も意見交換する中で互いに取捨選択して残る認識だ。そぐわないと思えば、配下にすればいいだけの話。愛玩動物にあまり求めすぎるのもどうかと思うが、彼女らの成長具合はかつてのククルやアナト達を思わせた。
執務室の扉を開いてソファに腰掛けると、向かい側にクリスティーヌが座った。場を弁えた彼女の行動は評価に値する。扉を閉めたリリアーナは迷って、クリスティーヌの横に腰掛けた。このあたりの判断基準を与えたのは、ウラノスだろう。
「戦力は戦える人だから、私とヴィラ、ウラノス、黒竜王。あとはサタン様」
今現在戦えると判明している存在の名を上げる。リリアーナの判断は正しく、クリスティーヌを抜いた点は驚いたが満足できる部分だった。
「クリスティーヌは戦えぬか?」
わざと重ねて問うオレに、リリアーナは隣の黒髪の吸血鬼を見てから首を横に振った。
「戦うにはまだ弱い。ウラノスと一緒ならいい。こないだもウラノスに庇われてたし、情報集めるときはリスティが強い」
きちんと状況判断が出来ている。情報戦ならクリスティーヌとレーシーが最強だった。種族としての特性を生かした術の行使で、彼女らが集める情報は有用だ。戦う意味での戦力なら、リリアーナの口から出た4人にオレ。研究職で現在は弱っているアナトを除外したところも、見る目があった。
「ならば考えてみろ。リリアーナではなく、黒竜王を選んだ理由だ。相手は人間で、魔族ではない。ユーダリルとイザヴェルは新たに同盟を結んだが、お前の滅ぼした王都を持つビフレストはイザヴェルと手を組んでいた」
前提条件を提示して、唸りながら考えるリリアーナを見守った。
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