184.足元が揺らぐ気配に震え
抱きかかえたアナトをベッドに下したオリヴィエラは、にっこりと笑顔を作った。後宮に使われていない部屋は多く残っている。その理由は前国王の代に建て増しを行ったためだった。それだけ多くの美女を国内外からかき集め、囲い込んだ愚王の遺産だ。ロゼマリアがお茶の支度をエマに命じる。
リリアーナは淑女教育で教わった通り、ソファに浅く腰掛けて姿勢よく座った。気づいたロゼマリアが「とても素敵ですわ、リリー様」と褒めると、頬を緩ませて笑う。慌ててクリスティーヌも姿勢を直した。同じように褒めてもらった吸血鬼は、少し浮いた足をぱたぱたと動かした。
「オリヴィエラ、話は何?」
真っすぐな子供に駆け引きはない。前置きもなく本題から入るリリアーナに、オリヴィエラは「ヴィラと呼んでくださらない?」と提案した。ワンクッション置いて話を自分のペースで進めたいグリフォンに対し、ドラゴンは強者ゆえの傲慢さで頷く。
「いいよ。ヴィラの話を終わらせて、サタン様のところ行きたい」
「ありがとうございます。隣の部屋に移動しましょうか」
わざわざ部屋を変えると言われ、ロゼマリアは複雑そうな顔で後ろを振り返る。ベッドの清潔なシーツの上に横たわる少女は、リリアーナと大差ない幼さだった。まだ親の庇護を必要とする年齢に見える。その子が意識を失っているのに、目が届く範囲から離れるのは抵抗があった。
「小声で話したら、この部屋でも良いのではなくて?」
ロゼマリアの提案に、クリスティーヌがぽんと手を叩いた。何か思いついたと言わんばかりの表情で、テーブルの上に魔法陣を描き始める。ウラノスに教わったのだが、彼のように空中に描くほど熟練した技ではない。間違えた場所を直しながら、なんとか描き終えた。
「これ使うと、音が外へ出ない」
遮音効果を訴えるクリスティーヌの横から、リリアーナが指さして説明を足した。
「ここが範囲、これは効果」
「わかりました。遮音結界で構いませんわ」
クリスティーヌが展開した魔法陣に、リリアーナが魔力を注いだ。すぐに薄い緑の色がついた膜が作られ、お茶の用意が整ったテーブル周辺を包み込む。アナトの眠るベッドは範囲外のため、話し声で彼女を起す心配はなくなった。
オリヴィエラの懸念は、アナトに話の内容が漏れることだったので、これで解決したと言える。
「あちらのアナト様は、サタン様がいた世界から来たのでしょう? サタン様のお話では、あと3人来られるようですけど……奥様がいらっしゃっる可能性を心配しておりますの」
リリアーナが金の瞳を大きく見開く。全く考えていなかった可能性だ。少なくとも、今日まで前世界の魔族について考える必要はなかった。魔王が手紙のやり取りをしたとしても、この世界に召喚する方法がないと知っていたからだ。
召喚魔法陣はすでに消滅し、同じ魔法陣が存在したとしても8000を超える世界の中から1つを特定できない。魔王サタン自身も不可能だと口にした。長い年月をかけて、1つずつ世界を特定していく気があれば、いずれは前世界を見つけることが出来る――そんな無駄をサタンが行うとは思えなかった。
事実、サタンは前世界に戻ることを諦めたのだ。側に侍るのはこの世界の魔族か人間のみ。ならば最強のドラゴン種である自分が一番近い距離にいると思った。グリフォンも吸血鬼も怖いと思わない。その根拠が覆る可能性に、リリアーナは言葉を失った。
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