134.勝手に滅びればいい
やはり王族という特権階級は、定期的に入れ替える必要があるらしい。眉をひそめた宰相が、目の前の愚か者達の騒ぎを冷めた態度で睥睨する。無礼だと騒ぎそうな輩は、地図を前に「どうやって領土を広げるか。いかにバシレイアの王女を取り込むか」を議論していた。
呆れかえった宰相はそっと場を抜けだす。この国はもう終わりだ。目先の利益に踊り、大局を見据えることができない王族をトップに戴いても、滅びの道が確定するだけだった。滅びたければ勝手に死ねばいい。民や良識ある者に警告しなければ、長い歴史を誇るユーダリル国は跡形もなく消えるだろう。
「勝手に滅びればいい」
代々宰相として国を支えた男は、己の主を見限る呟きをこぼして王宮に背を向けた。一族の所領である侯爵領に引き上げる必要がある。そのうえで娘が嫁いだ貴族家や、他国に連なる親族へ手紙を出さなくてはならなかった。
沈みゆく船に関わっている余裕はない。足早に城門前のアプローチまで進み、用意させた馬車に乗り込んだ。屋敷へ戻るよう告げ、男は白髪交じりの前髪をぐしゃりと乱す。
他国の情報は定期的に報告を受けてきた。報告をまとめた書類を1枚胸ポケットから取り出す。驚くべき内容が、暗号によって記載されていた。あまりに危険な内容であったため、暗号のまま届けられたのも当然の判断だ。もし途中で他者の手に渡ったら……想像するも恐ろしい事態を招く内容だった。
バシレイアの王族が、新たな勇者を召喚した――ここまでは過去にも事例がある。さほど珍しい報告ではなかった。他国との争い、魔物との戦い、反逆した貴族の処分……さまざまな理由で異世界から勇者と称する若者が呼び出され、特殊能力を搾取されて殺される。
胸糞悪い話だが、貴族社会などこの程度のものだ。利用される側が悪い、その一言で片づけられてきた。ところが今回召喚された者は違う。圧倒的な強者であり、今までの勇者と比べられない存在だった。
――異世界の魔王。
前魔王が滅び、当代の魔王はまだ未熟。魔王の有能な側近が人間の国を攻めると騒ぎ、バシレイアは魔術師を数人使い潰して召喚魔法を発動させた。挙句が、よそから強い魔王を連れてきたとなれば……本末転倒、愚かさここに極まれりだ。
魔族と人間のハーフである獣人を使い集めた情報を、ぐしゃりと握りつぶした。もし魔王が本気で人間を滅ぼそうとしたら……強者にあらがう術は残っているのか。侯爵領に逃げ込み、他国や領地との関係を断って閉じこもっても、いずれは引きずり出されて滅ぼされる。
ならば……。
「こちらから打って出る」
バシレイアを支配下に置いた異世界の魔王は、民を皆殺しにしなかった。なんらかの条件を満たせば、我がソレス侯爵家の領地ごと助けられる可能性もある。新興国であるグリュポスは愚かにも歯向かい、国ごと滅ぼされたという。ユーダリルの王族の反応を見れば、似たような結果を生むのは間違いなかった。
ユーダリルの国が滅びようと、己の民と一族が生き残れば構わない。覚悟を決めた宰相ソレス侯爵は、バシレイアへ諜報役として送り込んだ侍女に新たな指示を出した。
――自分たちが生き残るため、愚かな主は見限られたのだ。そして、諜報員となった侍女が戻るより早く、その情報はネズミ経由でクリスティーヌの口から魔王の耳へと届けられた。
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