73.魔族より魔族らしい残酷さ

 ケガ人をすべて治療し終えた頃、疲れを滲ませよろめきながらアガレスが現れた。先日城の前で拾った男は、身ぎれいな格好で後ろに従う。大量の書類を抱えた男は「マルファス」と名乗った。文官候補として役立っているなら、拾った甲斐がある。


「魔王陛下、まずは此度の凱旋おめでとうございます」


 丁重に祝儀を述べる男に頷いて玉座に腰掛ける。ついてきたリリアーナが足元に座り、一段下がった位置に腰掛けるオリヴィエラが足先にしな垂れかかった。対抗するようにリリアーナの手が膝の上に乗せられる。雌同士は張り合うものだ。


 雄が手助けや口出しをすると騒ぎが大きくなるため、無言を貫いた。マルファスが複雑そうな目を向ける。余計な口を開かない様子を観察しながら、意外と使えそうだと判断した。


「ご苦労」


 労いだけを口にしたオレの前で、アガレスはマルファスから受け取った資料を読み始めた。淡々とした響きに、感情は滲んでいない。攻め込まれた遺恨や苛立ちを声に乗せる未熟者ならば、宰相から外すことも考えたが……人間とは思えぬほど有能だった。


 室内に冷たい風が吹く。どこもかしこも造り替えるつもりのドワーフが、窓を抜いたままにしたらしい。隙間風どころか、勢い良く髪を揺らす風の通り道になっていた。謁見の間だけでも早急に形を整えさせる必要がある。


 さまざまな状況を頭の中で整理しながら、アガレスの報告を聞き、持っている情報と比較した。


「隣国グリュポスの宣戦布告はなく、突然の襲撃でした。そのため外壁近くの民が数百人傷つけられています。城門を解放し、逃げ込む民の治療と保護を優先。騎士は逃げてきた民を守り、兵士が散って城下町から人々を逃した次第です」


 突然の襲撃でなければ、グリフォンの威嚇が間に合った。オリヴィエラがその姿を見せ、外壁の上で脅せば彼らは動けなかっただろう。しかし矢が射掛けられるまで気づけなかったのならば、宣戦布告どころか最低限の作法すら省いた証拠だ。


 あの規模の軍隊を率いて、奇襲だからと逃げる道はない。肘掛けに寄りかかり、視線で続きを促した。


「現在、クリスティーヌ様が刻んだ魔法陣による治癒が発動しており、城内にケガ人はおりません。オリヴィエラ様が矢の大半を防いで頂いたことで、城の損害も少なく済みました」


「ふむ。報告ご苦労であった。……捕まえたか?」


 誰を、何を。主語を省いた質問に、アガレスは口角を持ち上げて頷く。後ろのマルファスがそっと資料を交換した。


「陛下の留守を敵にもらした男は、すでに捕らえております。何やら魔法具を身につけておりました。こちらです」


 胸元から取り出したのは、ブレスレットのような通信用魔法具だった。魔力で風を起こし、彼の手から受け取って検分する。魔石が使われているため、使用者の魔力を必要としない。これは魔族絡みの事件ではなかった。魔族同士なら魔力を使用する魔道具で構わない。使用者の魔力がないことを前提に、魔石を使うのは人間の知恵によるものだろう。


「なるほど」


「通信先の特定はいかがいたしましょう」


 すでに敵国が判明した状態で、その特定は必要か? 悪い笑みを浮かべるアガレスへ、ひらりと手を振って足を組む。動いたことで、リリアーナが少し距離を詰めた。


「リリ姉様、ずるい」


 開きっぱなしの窓から飛び込んだクリスティーヌが、大きな荷物を引きずって現れる。文句を言いながら、肩に担いだ人間を転がした。血塗れだが、かろうじて息はある。手足をすべて捥いだ達磨状態の男は、青い旗に包まれていた。


 隣国グリュポスの国旗は男の血を吸い、赤黒く変色している。呻く男を放り出し、クリスティーヌは真っすぐに絨毯の上を駆けた。足元まで来ると、きょろきょろと場所を探す。リリアーナが「こっち」と隣を示せば、嬉しそうに寄り添った。


「ご苦労、クリスティーヌ。お前とリリアーナに仕事を頼みたい」


「いいよ」


「やる!」


 素直なドラゴンと吸血鬼に、わかりやすく指示を与えた。身綺麗にしてから向かうよう告げれば、すぐに手を取り合って謁見の間から走っていく。子供らしい素直さに苦笑すると、アガレスが一礼して口を開いた。


「魔王陛下、では私めも準備のために下がらせていただきます。この先の外交は……」


「一任する」


 任せると告げれば、彼は魔族より魔族らしい残酷さを秘めた笑みで頷いた。

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