57.責めても詮無きことだ

 リリアーナの持ち帰った獲物を検分して、その処理の手際の良さを褒める。目を見開いて死んだ者は、ぎりぎりまで苦しんだ証だと言われるが、目が充血しているのもいい。なかなか上手に仕上げた犯人を、城門のすぐ外へ並べた。はりつけにして展示したことで、民の中に恐れが広がるだろう。


 執政者は常に憎まれ役だった。民の働きを評価して税を課して徴収し、道や都市の城壁を整備しても感謝はされない。橋が落ちれば文句を言うが、修理しても礼を言われることはない。それが執政者であり、行政だった。そのため民を監視する衛兵も敵視されることがある。


 衛兵がいなければ街の治安は悪化の一途をたどるというのに、些細な取り締まりをする彼らは邪魔者扱いされてきた。小さな犯罪を拾うくせに、大きな悪を見逃すと罵られる。しかし大きな悪は簡単につぶせない。小さな悪の芽を摘み続けることで、巨悪を育てないことも彼らの仕事だった。


 だから民が何らかの文句を言ったり、攻撃する素振りを見せたら呼ぶように、門番に言い聞かせる。最初は恐縮して「そのようなことは出来ません」と頑なに拒んだ彼らも、途中で折れた。オレが行う施策に文句があるなら、直接オレに言えばいい。それを怖がるなら、衛兵相手にも吐き出さずに呑み込むべきだ。


 手を出せない立場の者にのみ口撃する愚か者は、オレの民である必要はないのだから。切り捨てることはいつでもできた。国や執政者を民が選ぶのではなく、庇護する民はオレが選ぶのだ。


 これから世界を手中に収めるにあたり、邪魔な重石を背負って戦う気はない。両手両足に鎖を着けて戦場に向かうバカはいないだろう。捨てるのは早い方がいい。


 そう考えて磔の罪人を見上げる。この国の識字率は低いが、罪名を書いた看板も立てた。アガレスに命じて読み書きを教える施設を作らせているが、まだ稼働前だ。


「えっと……罪人……? ああ、これはわかる。子供を……殺し……ん? 違う」


 ぶつぶつ言いながら単語を拾って読もうとする男が、首をかしげた。近くに立つオレに気づくと、遠慮なく話しかけてくる。誰だか理解していないらしい。だが、こういった無礼は気にならない。知らないことを責めても詮無せんなきことだ。無知は罪ではなかった。


「悪いんだが、あんたは字が読めるか?」


「ああ」


 頷いて歩み寄れば、「きれぇな顔して男かぁ」と場違いな感想が届いた。この反応は飽きる程知っているので、さらりと流す。


 かつて顔の造詣がどうのと誰もが騒ぐため、大きな傷を作って二目と見られない顔にしようと考えた。実行する前に配下に泣かれたので諦めたが、今になれば傷つけておけば良かったか。懐かしさに口元を緩める。


「この看板、読んでくれねえか」


 恥ずかしながら……そういう雰囲気はない。この街で文字が読めるのは1割に満たない金持ちだけだった。そのため多少なり読める時点で、この男は上位に入るのだ。それでも難しい文字は読めないらしい。


「わかった。『告。この者らは孤児院に侵入して侍女、料理番を含め3人を殺した大罪人である。子供を害する者を魔王は許さない。心に刻め』だ」


「はぁ……見せしめってやつか」


 溜め息をついた男は、磔られた罪人を順番にじっくり眺めた後にぼそっと呟いた。


「お優しい魔王様じゃねえか。おれらの子供を守ってくださるなんざ……」


 後半は口の中にしまって声にしない。しかし「前の王様より」という単語が空気に混じって漏れ聞こえた。この男は罪人への同情やお綺麗なお題目を振り翳す気はないのだろう。文字が多少なり読めることから、元は教育が受けられる環境にいたことも窺えた。


「仕事をする気はないか?」


 死体の前で仕事を斡旋するオレに不思議そうな顔をしたが、男はあっさり頷いた。


「小麦や肉で払ってくれんなら、やる」


 文官が足りない今、多少の教育を施せば使えそうな男は拾っておくに限る。城や魔王に対して必要以上に恐怖心を抱かないのも、使える判断の助けとなった。ついて来いと命じて、オレは城へと足を向けた。

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