49.完全に服従させるしかあるまい

「だめっ! 下がれ! さがれぇ!!」


 間に飛び込んだリリアーナが、竜化した腕でクリスティーヌの牙を受ける。鱗の隙間に突き立てた牙を、リリアーナが腕を捻って叩き折った。戦闘におけるセンスは抜群だ。応用力もあるし、基礎が少し疎かだが……訓練すれば補える範囲だった。


「ご苦労、よくやった」


 リリアーナを褒める。興奮したリリアーナの首筋にぶわっとエラに似たひだが見えた。興奮したときに竜が広げる器官で、同時に目の瞳孔が縦に広がる。牙を折られたクリスティーヌが、血の滲む口元を手で押さえて蹲った。


 吸血衝動に襲われたような反応だが、そのきっかけがわからない。唸り続けるリリアーナを避け、前に足を踏み出した。蹲るクリスティーヌの黒髪を掴んで顎を掴む。嫌がる彼女と無理やり視線を合わせれば、黒瞳がわずかに赤を帯びている。白目との縁が赤く滲んで色を放つ感じが近かった。


「……面倒な」


 アースティルティトが暴走した際に見せる症状と同じだ。つまり彼女は何らかの理由で本能が暴走した。直前の状況を思い浮かべる。ミイラの不自然さを指摘したクリスティーヌを褒めた後……不自然な出来事はなかったはず。


「こいつ、敵! 殺す」


「控えろ、リリアーナ。これは暴走で反逆ではない」


 言い聞かせれば彼女も理解する。唸り声をあげて警戒しながらも、リリアーナは振り翳した手を下した。かわりに感情豊かな尻尾が、牢の石床をびたんと叩く。持て余した感情を尻尾で発散しながら、リリアーナはオレの袖をそっと掴んだ。


 奪われる不安を感じているのか。覚えたての感情は制御が効かないものだ。好きなようにさせてやり、掴んだままのクリスティーヌの顎に力を込めた。血が滲む口元が開いて、痛みに顔を歪める。その中に折れた牙が痛々しく覗いていた。


 治癒力が低い。リリアーナの肉から奪った血程度では足りないのだろう。だが外見から判断して飢餓状態でもない。暴走して襲う理由は見つからぬまま、オレは彼女の顎を離した。途端に噛みつこうと口を開いたクリスティーヌを、魔力で拘束する。


 床に押さえつけられた少女はワンピースの裾が捲れるのも気にかけず、必死に身を捩って暴れた。ようやく彼女の異常さがわかったリリアーナが「変なの」と呟く。


「完全に服従させるしかあるまい」


 ペットとしてなら構わないが、今後手放すつもりだったため控えた手段だった。オレは右手の爪を伸ばすと左手のひらを十字に切り裂く。ぽたりと滴る赤い血に、クリスティーヌが反応した。顔をあげて血を凝視する。その目は徐々に赤が強くなった。


「ひっ、いたぃ……ケガっ」


 オレの傷におろおろするリリアーナが、裾を引っ張って傷を舐めようとした。それを拒んで首を横に振る。困惑した顔の少女は、ぺたんと床に座った。垂れる血に眉尻を下げて泣きそうな顔をする。


「『我が血の盟約における眷属となれ』」


 アースティルティトと交わした契約の言葉を告げて、床に這わせたクリスティーヌの口元に血を垂らす。ぽたりと落ちた血に、必死で舌を伸ばして血を舐め取ったクリスティーヌが、赤い唇をうっすら開いた。そこに落ちるよう、数滴血を絞ってから彼女の拘束を解く。


 途端に飛び起きた少女は、リリアーナが止めるより早く左手のひらにしがみ付いた。突き立てる牙は折られたため、ぺろぺろと犬のように血を舐め取る。悔しそうなリリアーナの唸り声が響く地下牢に、不釣り合いな光景だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る