第3章 表と裏

36.順調すぎる時ほど足元を固めろ

 使われていない離宮には風呂や調理場も残されている。幸いにしてリリアーナやオリヴィエラが壊さなかったので、建物は無傷だった。孤児院として使えと命じれば、ロゼマリアは驚いた顔で「よろしいのですか?」と確認する。高額な調度品は売り払うため回収したので、子供が壊して困るものも残っていなかった。


「構わん」


「ありがとうございますっ!」


 勢い込んで礼を言うロゼマリアに頷く。街は配給により生活が安定したこともあり、自警団なる者達が復活した。自ら街を警護し、不審者を捕まえて兵士に差し出すらしい。前世界になかった制度だが、非常に便利なので認めて許可を出した。


 配給についてはロゼマリアと乳母が、城に残った兵士と協力して対応している。不足した物資の補給から内政問題はアガレスに任せた。城の再築もドワーフに任せれば問題ない。


「ふむ……順調すぎて怖いくらいだ」


 ここまでくると、何か策略が裏で進行しているのではないかと疑いたくなる。あまりに邪魔が少なすぎた。戦うより、それ以外の苦労が多かったため、順調だと不安になる。何か見落としていないか。玉座に腰掛けたまま、目を閉じる。


 強い魔力が近づいて、ぺたりと右側の足元に座った。寄り掛かるように右足に温もりが触れる。


「リリアーナ、いかがした?」


 休ませたはずの部下に声をかければ、さらに擦り寄った。目を開いたオレへ嬉しそうに笑う。


「一緒に、いたい」


 ここで休みたいと強請る少女に頷いてやれば、ぐるぐると喉を鳴らして丸くなった。床に寝るのはどうかと思うが、玉座の周辺は赤い絨毯が敷かれている。ドラゴンは岩や洞窟を住処にすることが多く、硬い場所でも気にしない。しかし、周囲はそう思わないだろう。人の姿の時はベッドで寝るよう教える必要があるか。


「あら、私も交ぜてくださいな」


 オリヴィエラも絨毯の上に座って、リリアーナを手招きした。大人しく膝に頭を預けるリリアーナの金髪を梳き、オリヴィエラがにこりと微笑む。


「そろそろお暇なのでしょう?」


 何も言わずに眉をひそめた。見透かすような発言に答えは必要がない。すでに自分なりの答えをもち、確認のために尋ねる場合が多いからだ。何を答えようと、相手は都合よく判断することを知っていた。無言を貫けば、勝手に納得するだろう。


「ご安心くださいませ、もうすぐ魔王が攻めてきますわ」


 どこが安心できる情報なのかわからないが、退屈を払拭するスパイス程度に考えているらしい。グリフォンの目から見て、それほど今の魔王は弱いのか?


 興味を惹かれる内容に、足元で侍る妖艶な美女に視線を合わせる。丁寧に整えた指先の爪は赤紫に染められていた。その指が意味ありげに己の唇をなぞる。オレンジがかった朱色の唇が、わずかに開いた。


「グリフォンは知識の番人ですもの……いろいろツテがあるのです」


 どうやら魔王側にいる魔族から情報が入ったらしい。それでも無言で見ていると、うっとりと足に手を這わせて寄り掛かった。


「つれない方ですね。私のとっておきの情報でしたのに」


 むっと口を尖らせるオリヴィエラが足に胸を押し付ける。


「ダメ! 一番目は、リリアーナだから!」


 大人しく横になっていたリリアーナが唸る。感情に従い、大きな尻尾が威嚇するように床を叩いた。びしっと壇上の床にヒビが入る。


「控えろ、リリアーナ」


「う……でも、リリアーナが一番だもん」


 何の順番を競っているかわからぬが、頷いてやれば満足そうに引いた。逆にオリヴィエラは残念そうに溜め息を吐く。


「わかりましたわ。二番目で構いません」


「うん」


 彼女らは何やら順番を決めると、こちらに目を向けた。何か求められているようだが、肘をついて無言で待てば残念そうに目を逸らされる。


「先ほどの情報提供者は信用できるのか?」


 脱線した話を戻せば、オリヴィエラは自信ありげに微笑んだ。


「もちろんですわ。情報源は魔王の側近ですもの」

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