23.魔王が棲まうに相応しい城

 めそめそと涙を零し、何とか形にしようと苦労しているが上手くいかなかった。見ていられない。なんと不器用なペットだ。舌打ちしてドワーフを押しのけて近づき、黒い布をばさりと取り上げた。素肌を晒す少女に改めて巻き付け直して、前回同様ドレス風に仕上げる。


「サタ……様、あ、ありが、と」


 しゃくり上げながら腕にしがみ付く。幼子のような振る舞いに、くしゃくしゃに乱れた髪を撫でた。鼻を啜るリリアーナの肩が冷えている。脇の部分で巻きスカート風にしたため、肩は外に出たままだった。ドラゴン形態ならば心配はないが、人型の場合は病にかかる可能性がある。


 何とも手間がかかるペットに呆れ顔になった。だが、配下のセリフを借りるなら「その手間が楽しいのです」となる。つまり飼い主として極めるなら、これを飼い慣らしてこそ一流という意味だった。100年ほど飼うと決めたのなら、面倒を楽しむ感覚は必要だろう。


「気にするな」


 幼い彼女の鼻を拭いてやり、収納空間から毛皮を1枚選んで引っ張り出した。剥き出しの肩にかける。嬉しそうなリリアーナは、胸部に頬をすり寄せて甘えてきた。こういうあたりが、ペットを飼う醍醐味なのか。


「あんた……どこの魔族だ?」


 自分達を攫ったドラゴンを手懐ける男は、溢れる魔力を隠そうとしない。震えながら尋ねると、振り返りざま命じられた。


「そこのドワーフども、仕事をやる。この城を直せ」


「「「仕事か」」」


 声がハモるほど大喜びするドワーフが、後ろの建物を検分し始める。ドラゴンの爪で紙のように裂かれた壁を覗き、崩れそうな壁を揺すって強度を確認した。その過程で多少建物が崩れたが、彼らはまったく気に留めない。どうせ壊すなら、今でも明日でも同じだからだ。


「こりゃひでぇ。あんたの家か?」


「いや、奪った城だ」


 人間の王城だったのだから、オレの物かと問われれば違う。これからオレの物になるだけだった。誤解が生じないよう説明すれば、ドワーフ達は手を取って踊りだす。


「こりゃええ! 新築だ!」


「すぐに壊して始めんぞ」


「仲間を呼べ、棟梁に頼まにゃならん」


 大喜びしたドワーフが、土の中に手を入れて信号を送った。土には様々な金属や非金属が含まれる。土属性が得意なドワーフは、この世界でも土に混じる金属を経由して仲間と連絡を取るらしい。


 しばらくすると「仲間が来る前に壊すぞ」と王城の破壊を始めた。作る事が大好きなドワーフだが、実は壊すことも好きなのはあまり知られていない。以前に理由を尋ねた際は「破壊の先に創造がある」と鼻息荒く力説された。


 自分の行動に置き換えれば、彼らの言い分は理解可能だ。つまり魔王になりたければ、既存勢力を壊して新しい側近や配下を作れ――そういう意味だろう。


「どんな城がいい?」


 棟梁に伝える情報を紙に記しながら、1人のドワーフが尋ねる。髭のある男が年長者らしい。ドワーフは年功序列が顕著な種族だった。そのため、記録係や棟梁は年長者ばかりだ。大地に手を置いて測量を行うドワーフへ希望を伝えた。


「魔王が棲まうに相応しい城を頼む。貧相な手抜きは許さん」


「あんた、新しい魔王になるのか?」


「ほかに誰かいるか」


 オレ以外に相応しい魔族がいるのか? その質問は気難しい彼らのお気に召したようだ。げらげら笑いながら、賛同した。


「確かにあんたが一番だ」


「おれらの知る魔族じゃ、ピカイチの度胸だぜ」


「……口、悪い。無礼」


 ぼそっとリリアーナが呟く。首を竦めてそれぞれの作業に戻るドワーフにとって、溢れる魔力で巨体を浮かして空を飛ぶドラゴンは天敵だった。逆らう愚は犯さない。


 土の中を呼び寄せた愛用のツルハシを振るうドワーフが、低い声で歌い出した。彼らの歌はノームの歌だ。土の精霊の協力を仰ぐ、ドワーフの秘儀のひとつだった。


 同じように真似て歌っても、ノームは聞き分ける。ドワーフの酒焼けした喉が響かせる歌でなければ、大地を従わせることは出来なかった。


 抱きついて離れないリリアーナの髪が風にさらわれ、ふわふわと踊った。歌に誘われてノームが顔を見せる。土の精霊として認識されるノームは、半透明の種族で魔族とは別の理を生きる。ふっくらとした毛皮に覆われた姿は、モグラに似ていた。


「オレは運がいい」


 口元が緩んだ。


「ノームを呼ぶお前達は、腕のいいドワーフだ」


 拠点つくりに最高のドワーフを得たと呟けば、彼らは得意げにツルハシを振るい、歌で土を豊かに変化させる。これならば国の復興に役立ちそうだ。彼らをしばらく召し抱えるか。


「サタン様が嬉しそう」


 自分の方が嬉しそうな笑顔を浮かべるリリアーナが強く抱きつく。その時、後ろから声が聞こえた。


「私も役目を果たしましたわ。ご褒美をくださいませ」

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