14.今の奴らに自我は不要だ
あくまでも慈愛ではなく、慈善だ。彼女は民を愛し慈しんだのではなく、哀れみ施しただけなのだから。しかし彼女の立場は利用できる。街に住まう民にとって、食料を施してくれる王族という姿は有難い存在だったはず。
この国の王女が命じるならば、民も大人しく従う。少なくとも、突然現れた異世界の魔王に従わせるより現実味があった。
忘れられたのか、逃げ損ねたのか。震える門番や兵士を一か所に集め、彼らに食糧庫から麦やチーズ、ドライフルーツなどを運び出させた。魔力を使って運んでもよいが、民が怯えるだろう。
集まった食料を山と積んだが、思ったより量が少ない。これでは数日で底をついてしまう。国全体の備蓄はもっとあるはずだった。城内の保管量は少ないが、他にも保管庫が残されている可能性が高いと考えながら、彼らに炊き出しを命じた。兵士ならば戦場での炊き出し経験があるはずだ。
「あの、炊き出し……ですか?」
怯えながら尋ねる兵士の姿に、頭を抱えたくなった。とりあえず抱いたままのリリアーナを下ろす。不満そうな顔だが、文句は口から出なかった。我慢を覚えさせる良い機会だ。頭を撫でて宥め、後ろについてきた侍女とロゼマリアに尋ねた。
「施しの際はどうした?」
「教会の方々が手伝ってくださいました」
「ならば呼べ。この食料を民に分け与えろ」
この頃になると、ロゼマリアも状況を理解していた。長いドレスの裾が汚れるのも気にせず動き回る。侍女が大急ぎで教会関係者を呼びに城門の脇から出ていく。通用門を開いたのは良い判断だった。もし正面の扉を開いたら、押し掛けた民による食料の略奪が始まる。
最終的に彼らの口に入るのだが、
この国や世界を統べるとしても、前提条件として『手に入れる魅力がある物』でなければならない。砕ける寸前のヒビだらけの宝石に興味はなかった。多少の手入れで蘇るなら、手をかけるのもやぶさかではない。
「あの、サタン様。すべて使ってしまって、よろしいですか?」
ロゼマリアの確認に頷く。足りなくなればどこぞから調達する方法を探ればいい。ガリガリに痩せた酷い有様の人間に、満足するまで食べさせるのが先決だった。
王たるもの、民を飢えさせるなど下の下だ。
「残すな」
端的な言葉に、ロゼマリアは大きく頷いた。駆け付けた教会の老女や神父が準備を始め、炊き出しの話を兵士に広めさせる。城門前の広場に集まる民が、閉まったままの門から漂う匂いにつられて騒ぎ出した。中には門を越えて入り込もうとする者まで現れる。
「やはりか」
考えていた通りだ。ガリガリに痩せた彼らの姿を見れば、長い間僅かな食べ物しか得られなかった状況は把握できる。そこに食べ物を施すと伝えれば、暴動になると思った。
前世界でも同じような事例を見たため、宥め方も分かっている。門を押さえて侵入者を排除しようとする兵を見ながら、すぐ隣に立つリリアーナに視線を向けた。視線に気づいて見上げる彼女へ、簡潔に命じる。
「リリアーナ、奴らを魅了しろ」
「いいの?」
「構わん。今の奴らに自我は不要だ」
人間の魔力がドラゴン種より多いはずがなく、簡単に支配できる。彼らを食べさせた後で、魅了を解けばいいだけの話だった。取り合いになって暴れれば、作った食料が零れて無駄になる。現状でそんな余裕はなかった。
この場でとれる対策は2つだ。恐怖による支配か、魅了による服従か。安全策を考えるなら、魅了で従わせる方法だった。見れば子供や女性も混じっている。脅せば逃げ出す民は混乱し、弱い者が傷つけられる結果は目に見えていた。
「あの……魅了、ですか」
「口を挟むな。オレの決定だ」
困惑した様子のロゼマリアは民を心配しているのだろう。王族として民を守りたいと願うのは良い傾向だ。口元を緩めながら続けるよう命じた。
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