12.縋る癖を直せ、不愉快だ
「片付ける……とは、どのようなことを」
怯えを含んだロゼマリアの言葉に、オレは端的に返した。
「言葉通りだ。二度言わせる気か」
溜め息をついて先に立って歩き出した。尻尾を大きく揺らしながらついてくるリリアーナに、無邪気な発言がロゼマリアを打ちのめした自覚はない。少し進んで一度足を止めた。振り返った先でまだ
「早く来い。この城のどこに何があるのか、わからん」
「は、はい」
侍女の手を借りて身を起こしたロゼマリアが駆け寄る。近づくとカーテシーをして伏せる彼女は、上から命じられることに慣れていた。つまり王族でありながら、貴族や王に意見する力は彼女にない。最初の謁見時の様子からも、彼女が軽んじられた王族である事実は確実だった。
ここは、ずる賢く悪い者ほど得をする場所だったらしい。
「倉庫に案内しろ」
「宝物庫、でしょうか」
何を勘違いしているのか、ロゼマリアの侍女が口を挟んだ。不機嫌さに拍車がかかる。世界を跨いだから意思の疎通に
一から十まで説明しなくては伝わらぬとは、人間は不便な種族だ。
「宝物庫に食料はあるまい? 備蓄倉庫だ」
飢えた者に宝石を渡したところで価値はない。砂漠で水を欲しがる者に、黄金を与えても意味がない。必要なのは飢えた国民の口に入る備蓄食料だった。
慌てて案内に立つ侍女の後ろを歩き出す。よく見れば老婆のようだが……そういえば、この女はロゼマリアが錯乱したとき庇った女だ。王妃より立派な振る舞いをした彼女は、足が悪いのだろう。隠しているが、歩きづらそうに引きずっていた。
「とまれ」
突然の命令変更に、侍女はびくりと震えた。怯えた顔をする彼女の前に回り、頭2つ分ほど低い顔を覗き込む。慌てたロゼマリアが声をあげた。
「彼女に不手際があれば私が補います。どうかお慈悲を」
「
ロゼマリアに言い放つ。何かあるたびに「お慈悲」だの「お助け」だの口にする癖は、彼女なりの処世術なのだろう。継承順位の低い王族が処分されないため、常に腰を低く穏やかで野心などないと振る舞う。理屈は分かるが、必要以上に
もっと堂々と顔上げていればいい。
「足が悪いのならば先に言え。どちらの足だ?」
侍女に問うと諦めたように顔色が曇った。足を切断される絶望感に似た暗い感情を滲ませ、侍女はわずかにスカートの先から足をみせる。加工した靴は捻じれて曲がった足でも真っすぐ歩けるよう、無理やり向きを戻すものだった。
拷問具に等しい靴を履いた侍女の右足に触れるため、身を屈める。後ろから興味津々で覗き込むリリアーナが、目を見開いた。
「痛そう」
「痛むであろうな」
何らかの事故か病でねじ曲がった足は、そのままでは地につけない。短くなった長さを補うために木製厚底にした。重い木靴はバンドで足を固定して引きずる形状だった。にも拘らず、この侍女は音をさせる不作法を防ごうと足を酷使している。
バンドが固定した膝から下の肌は硬く変質していた。ずり落ちるバンドに擦られ、重い木靴を支え、生身の足は分厚い皮膚を纏ったのだ。これほどの痛みを我慢しても宮廷から辞さない理由は、やはりロゼマリアを守るためか。
「お前の献身は認めるが、苦行を己に課す愚かさは理解できぬ」
無造作に膝をついて彼女の木靴に手を触れた。ぱらりとベルトの革が切れて落ちる。足が解放されてふらついた老女を、ロゼマリアが支えた。許しもなく立ち上がるなど、今までの彼女なら行わなかっただろう。己の行動に戸惑うロゼマリアに頷いた。
「それでよい」
肯定されたロゼマリアが驚いた表情で固まる。その間に傷だらけの分厚い皮膚に手を伸ばした。
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