3.正論ほど耳に痛いものはない

 勇者ではなく魔王だと言い切った青年は、嘘を言っているようではなかった。妙に迫力のある青年は、まだ成人前の年齢に見える。きりりとした顔立ちは整っており、しかし女性らしさは感じさせない。漆黒の髪は腰より長く、血のように赤い瞳は強い意志を感じさせた。


 芸術品のようであり、神の彫像と言われても納得できる。美しい魔王は首をかしげた。こちらの反応が気に入らないのか、徐々に眉が寄っていく。


「聞こえないのか?」


 返事がないことに苛立つ声に、最初に反応したのはロゼマリアだった。青ざめた顔に掛かる金髪を手で払い、ごくりと喉を鳴らして発しかけた悲鳴を飲み込む。ひとつ深呼吸して魔王を名乗る青年に向き直った。


「っ、たいへん失礼、いたしました」


 場を取り繕おうと必死に次の言葉を探すが、頭の中は真っ白だ。ロゼマリアは困惑した表情で眉尻を下げ、助けを求めて父王と宰相へ視線を向けた。


 


 よろりと壇上から下りてきた国王……の恰好をした老宰相が、言葉を繰り返す。


「勇者、ではなく? 魔王? 魔王と……聞こえ、たが……」


 信じられないと滲む響きに溜め息をついた。


 この程度の対応能力しかない男に宰相が務まるのか? 人間という種族は、ほとほと愚か者の集まりだ。実力主義にすれば、もっと有能で若い宰相もいるだろうに。やれ年功序列ねんこうじょれつだの家柄だの、くだらないしがらみを大事にしたがる。


「その通りだ。オレは別世界の魔王であり、お前らの望む救世主ではない」


 言い切って、驚きの顔でこちらを見る国王に向き直った。こちらの方が幾分マシだが……はてさて、どこまで使えるか。


「強制召喚の非礼は許してやる。さっさと帰る方法を示せ」


「……いのだ」


 聞こえなかった言葉が、聞きたくない言葉だった気がする。嫌な予感にオレは表情を曇らせた。いま掠れた声が告げた内容が本当ならば、何らかの対策を考えなければならない。


「返す方法はない……なんということだ」


 頭を抱える国王を前に、オレもこめかみを押さえて肩を落とした。


「それは、こちらのセリフだ」


 心の中でぼやいたつもりが、しっかり口から零れ出てしまう。帰る方法がないと言われて、そうかと納得できるわけはない。ようやく世界を統一したばかりなのに、異世界に飛ばされるとはなんたる無様! 放り出してきた世界を思うと、苛立ちに口調が荒くなった。


「貴様らの都合など知らん。何としても戻せ」


「い、一方通行なのだ」


「そうだ。戻すことなど最初から考慮されてない」


 騒動に飛び出してきた魔術師達が口を開くが、耳障りな声で腹立たしい言葉を発するのみ。なんと自分勝手な言い分か。平然と口にできる神経を疑うぞ。舌打ちしたオレの口から、淡々と発せられたのは――この世界の者にとって耳の痛い言葉だった。


「何を言ったか、自覚はあるのか? 他の世界で生まれ育った者を、自己都合の戦いに投入するために同族と引き離して攫い、あげく帰す方法がないという。誰が誘拐犯のために命を懸けて戦うか。お前達がまず戦うべきだろう。命がけで開いた道を託すとしても、勇者を先頭に立てて戦うなど愚の骨頂よ。そんな世界に存続する価値はない」


 己の世界が大切ならば、生き残りたいと願うのならば、まず自らを最前線に立たせろ。それが出来ぬ輩に特権階級を名乗る資格はない。


 王侯貴族とは、民を守る為に己を犠牲にする役職だった。その対価として多少の金品や権利を与えられる。自分を飾るのではなく、与えられた権力で民を潤すのが執政者だった。


 身体を覆うぴたりとした黒い上下は、希少な黒曜竜の素材で作られた逸品だ。常に最前線で傷つく魔王の身を案じた側近が狩ったドラゴン種は、7日7晩の死闘の末に倒されたという。それ程の忠義を捧げる部下を置いて攫われた、己の不甲斐なさと迂闊さに舌打ちした。


 直後、ぴりりと肌の上に刺激が走る。魔法による精神干渉だった。この程度の魔力で魔王に立ち向かおうと考えるなら、魔術師など止めた方がいい。赤い瞳が物騒に眇められた。


「ほう、勇者は捕獲される対象か。それとも魔王だから殺すと? どちらにしろ、短絡的で愚かなことだ」 

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