第429話 真円を除く時、真円もまたこちらを除いているのだ 前編
ある日の午後、いつものように冒険者ギルドの自分の席で眠気と戦っていると、そこに相談者がやってきた。
俺はこの眠気と戦うためのアイテムを使ってみる事にした。
「アルト、相談に乗って欲しいんだけど」
そう言ってきたのはホーマーだった。
「よござんすよ」
「よござんすよ?」
ちょっと勢い余って滑ったが、それは気にせずホーマーの相談とやらを聞く。
「それで、何があったんだい?」
「実はアルトに聞いた銃ってやつを作ってみようと思って、パイプで銃身を作って、それに弾丸と火薬も準備したんだけど、弾丸がセット出来ないんだよ」
「ご時世柄、非常に扱いにくい話題だけどとりあえず話を続けてくれないか」
後にこの会話が削除されるかもしれないと思いながらも、俺はホーマーに続きを話すように促した。
「銃口から火薬と弾丸を入れる仕様にしたんだけど、火薬はいいんだけど弾丸は銃口の寸法に合わせたのに、奥まで入っていかないんだ。途中でつっかえているのはわかっているから、電縫部のビードを何度も綺麗にカットしてみたんだけど、それでも駄目なんだ」
「なるほど。なんとなく原因はわかったけど、実物を見てみない事にはなんとも言えないなあ」
「そう言うと思って持って来てあるんだ」
ホーマーはそう言うと背負い袋を外して、飛び出している長い棒状のものの梱包をといた。
街中で銃を持ち歩くとは危ない奴、と思ったけどよくよく考えたら剣だの弓矢だのを持ちあるっている冒険者がごろごろいるので今更か。
ホーマーから銃を受け取ると、早速銃口のなかを覗こうと思ったが、万が一弾丸が入っていると危ないと気づいてすんでのところで止まった。
「慣れない工程に行くと怪我をするってのは基本だったな。どこが危ないのか知らない人間は、危険な場所と知らずに怪我をするってのは何度も見てきたことなのに、基本を忘れていたよ」
「流石に弾丸と火薬を入れた状態で持ち歩かないって」
とホーマーは言うが、その流石にが何度もあるので世の中の事故は無くならないのだ。
そこは注意しておくべきだな。
「そういった思い込みが事故に繋がるんだよ。確認は絶対にしなければだめなんだ。万が一俺が暴発で死んだら責任をとれないだろう?」
「それは確かに……」
ホーマーも納得したところで、あらためて弾丸と火薬の有無を確認して、銃身のなかに無かったので覗き込む。
銃身にはライフリングが施されていない状態で、いわゆる
「見た目にはなんの変哲もないパイプだね。つまりはそういうことだ」
と俺が結論付けるが、ホーマーはそれが理解できなかった。
理解できない不満から口吻をとがらせる。
「わかるように説明して欲しいんだけど」
「そうだねえ。パイプっていうのは丸いけど真円ではないんだ。外径にも内径にも歪みはある。それをどの程度まで許容できるかってのが公差になるんだよね。板を丸めて溶接するときにゆがみのない円をつくるなんて無理なのはわかるよね?」
「勿論だよ。出来るだけ丸くしようとはしているけど、どうやっても真円にはできない」
「それは電縫管じゃなくても同じだよ。表面の歪みがあるんだけど、ホーマーは今回弾丸を作る時に銃口の先端にあわせた寸法にしたんじゃないかな。それがあまりにもクリアランスがないから、途中で引っかかって奥までいかなかったんだ。弾丸を小さくすれば解決するんじゃないかな」
これは真円度の問題だな。
真円度とはどれだけ丸くすべきかという公差のことである。
内径の寸法に合わせて弾丸を作る時、どれだけ真円になっているかを考慮しないとならない。
図面でも真円度の公差を指定しているものがあるが、それは寸法公差のレンジだけでは足りないからそうなっているのだ。
例えば回転するシャフトなどでは、歪んだシャフトを使用すると径が公差内であったとしても、綺麗な回転運動とはならない。
そのため真円度の指定が必要になるわけだ。
まあ、円筒度とかもあるんですけど、それだとタイトルに使えないからここは真円度で押すよ!
「それだと爆発時のガスが逃げちゃうじゃない。威力が落ちちゃうよ」
「それなら火薬の量を増やせばいいんだよ。それかライフリング加工を施すかだけどね」
ライフリングの加工をするのであれば、旋盤があるから出来なくもないのだが、それを加工するための刃具の作成が難しいだろうな。
「火薬の量を増やしたら、パイプも板厚を厚くしないとならないじゃないか。それだと重たくなるよ」
「それならいっそ旋盤で内径を削るかい?それだとビビりを考えたら鉄パイプじゃなくて、鉄の丸棒の方がいいと思うけどね」
「うーん……」
その工法を採用するのであれば、ホーマーのパイプ作成という仕事が必要なくなってしまう。
それは流石に彼も承諾できないようだ。
「真円度なんて考えなくてもいいような構造に出来ないのかなあ」
とすがるようにこちらを見るホーマーに俺は首をふる。
「真円を除くとき、真円もまたこちらを除いているのだっていう言葉があってね。真円を無視した加工をしようとすれば、真円によって不具合が引き起こされるもんなんだよ」
って、ドゥーチェだかニーチェだかって人が言ってました。
確か、どこかの車両メーカーの設計者だったと思いますが、記憶が定かではありません。
「あとは、パイプの真円矯正かな。中にマンドレルを入れて外から叩いてあげれば真円はでるよ。その他にもパンチ成形ってのもあるけど、長さが長いと不向きなんだ」
真円矯正はリストライクとかいう言い方もされており、パイプをプレスして真円になるように再加工する方法だ。
パイプを曲げ加工したときに偏平するのだが、それだと組み付け時に問題になるので、元の丸い状態に戻してやるのだ。
パンチ成形はパンチと呼ばれるパイプ内側に入る金型と、外側を押さえる金型を使ってパイプを成形する工法である。
パイプの端部から成形していくのだが、パイプが長くなるとストロークも長くなるので加工時間が長くなる。
さらに、余っている材料を後方に押し込んでいくので、どこかでバリが発生したり歪みが発生したりする。
バリは無いようにしなくてはならないが、歪みは絶対に発生するので、問題ない場所にゆがみを作るように金型を設計する必要があるのだが、これが中々難しい。
金型の設計に失敗して材料を座屈させてしまった事が何度もあるのだ。
それと、油圧で動作させないといけないくらいの圧力が必要になる。
ステラでそれをやるとなると難しいだろうな。
あ、ハイドロもあったか。
どのみち金型の真円度が出てないと成り立たないんだけどな。
ちなみにJIS規格で作られているパイプだと、径の公差は大きいので、そのまま使おうとすると大変です。
金型に嵌め込もうとしても、ばらつきが大きすぎて嵌まらないのが出てくる程度には広い公差が設定されています。
±0.5mmっていったらレンジで1mmですからね。
そんなもん吸収できる金型や治具なんて無理無理。
まあ、立場上生産技術にはなんとかしろって言うんですけど、「じゃあお前がやってみろよ」って言われたら土下座しますね。
だって無理だもの。
そんなパイプを異世界でこれすげーって紹介しちゃっている作品見ると、後始末が大変ですよと生暖かい視線を送る事にしています。
余談ですが、パイプの曲げ加工をするのにどうやったら潰れないかっていうノウハウもないのに、パイプの使用方法とか語っちゃうの見るともうね。
とあるシャッターメーカーなんかも、シャッターのガイドレールをつくるノウハウって特殊なので、それを知らないとあのガイドレール作れないんですよね。
知ってはいるけど、コンプライアンスの関係でここで説明出来ないのが残念です。
話を元に戻すと、銃を作ったとしても銃身がまっすぐでないと、当然弾丸はまっすぐ飛びません。
鉄パイプやアルミパイプがあったからっていっても、それで命中精度の高いものをつくれるわけでもないので、ブドウ弾だのキャニスター弾だのみたいな散弾になるんじゃないでしょうか。
最近の事件で使われたのもそれでしたしね。
じゃあ銃として機能する真円度ってどのくらいなのかって言われたら答えられないんですけど。
「わかったよ、アルト」
ホーマーは拳をぐっと握る。
「何がわかったんだい?」
「俺、まっすぐなパイプを作ってみせる。ドワーフの名にかけて、必ずやってみせるよ」
「あ、うん。それは楽しみだね」
そう答えるのが精いっぱいだった。
パイプで真円を出すのは難しいから、造管時ではなくて後加工で真円になるようにしているのだが、ホーマーは敢えてその難しい方を選ぶのだという。
利益と効率を考えたらやらないほうがいいよと言いたいのはぐっと呑み込んだ。
「アルト、無駄な事をって思っているんでしょ?」
「ギクっ。よくわかったね」
ホーマーにジト目でみられてつい本音が出てしまう。
が、それでも彼は怒らなかった。
「実は好きな人が出来たんだ。だけど、彼女の父親から『ドワーフとして誰も成しえなかったことを成し遂げなければ結婚は認めない』って言われていてね。それで誰の力も借りずに銃をつくってみようと思ったんだ」
「やれやれそういうことか。それだとエッセに旋盤で加工してもらったりする訳にもいかないよなあ」
これは面倒なことになったなと、ホーマーの話を聞いて後頭部を指でかいた。
なにせ、ジョブが溶接工であるホーマーの特徴を活かそうと思えば、パイプは溶接で作る事になる。
それでいて真円度を出そうとすれば、それはドワーフといえども至難の業だろう。
そういえば、ホーマーはドワーフでもいままでいなかった溶接工のジョブだったな。
「なあ、ホーマー。相手のお父さんを説得するのに溶接っていう珍しいジョブじゃ駄目なのか?鉄の溶接が出来るなんてドワーフでもいないだろう?」
鉄などの金属の一部を溶かして溶接するというのは一般的ではなく、いまでも鉄や銅の接合についてはろう付けが行われている。
ならば溶接でいいんじゃないかと思った訳だ。
「単に溶接するだけじゃ技術って言えないよ。溶接したことで作られた道具が活かされてこそのジョブじゃないか。刀鍛冶が鍛造して終わりって訳じゃないようにね。鍛造したものが良く切れてこそ評価されるわけなんだから」
ホーマーに正論で返されて、それ以上は言えなくなった。
「大丈夫だよ、ドワーフの寿命は200年以上あるんだから。死ぬまでにはものにしてみせるさ」
ホーマーはそういって笑ってみせた。
俺にはそれにうっすらと空元気が混じっているような気がした。
後日、そんなに待てないと相手の女性が父親を説き伏せて結婚したと聞くことになる。
その情報を持ってきたのはオーリスだった。
午後のお茶の時にその事が話題に上がったのだ。
溶接っていうドワーフでも特殊なスキルに、父親がとても興味を示して是非とも婿にという話になったのだとか。
その相手の父親がオーリスと取引があって、義理の息子の自慢をしたのでわかったそうだ。
「真円がつくる合縁奇縁とかあるのかねえ」
カップに注がれたお茶を見ながら、そうつぶやいた。
※作者の独り言
本当は真円度の精度を出すための加工の話を入れる予定でしたが、どこまでが社外秘なのかわからなかったので一旦こんな感じで。
次で真円矯正の話を出来たらやりたい。
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