第410話 使用するに至ったエビデンス

「アルト、聞いてよ」


 珍しくスターレットが泣きながら俺のところに来た。

 未来の世界からやってきた猫型ロボットではないが、スターレットの話を聞いてあげる。


「それはひどい」


「まだ何も言ってないんだけど」


 お約束の定型文で返事をしたらジト目で睨まれた。


「こっちでの扱いが酷くない?」


「シルビアに比べたらマシでしょ。一応シルビアメインの話も作ってはあるけど、日の目を見ないまま下書きで終わっちゃうと思うよ」


 そう、シルビアがメインヒロインの設定でも品質の話を書いてはあるのだが、発表するタイミングが無いのでそのままになっている。

 まあ、それはおいといて。


「で、何があったの?」


 俺はスターレットに訊ねた。


「そうそう、実は銅等級の冒険者に武器がショートソードなのはどうしてなのかって訊かれたのよ。それで、『使いやすいから』って答えたら、『それってあなたの感想ですよね。エビデンスは?他の武器は試したの?』って言われたのよ。その言い方がムカついて、ムカついて。生ガキにレモンを絞って食べるように言った訳でもないのに、酷い言われようなのよ。川地さんじゃなくても刺しに行ってるわ」


「刺すのは止めてこうね。せめて熱い油をかけるくらいにしておかないと」


 どこの川地さんだか知りませんが、店がつぶれそうになっていたら思いつめちゃうよね。

 スターレットからも似た雰囲気がする。

 俺も前世でそんな言い方をする品管担当者を見たことがあるが、まあ、殴ってくる奴もいるから気をつけてねって心の中でアドバイスをしたものです。


「なんか今日は話が脱線しすぎている気がするけど……」


 再びスターレットにジト目で睨まれた。

 それを笑ってごまかす。


「話はわかった。つまり、その銅等級の冒険者にショートソードを使っている理由を言ったら馬鹿にされたってことだね」


「そうなのよ。某巨大掲示板の元管理者みたいな言い方が鼻につくの」


「あ、はい」


 インターネットってこちらにも繋がっているんですかね。


「言い方は悪いけど、言っている事には一理あるかもしれないね」


「何で?」


 スターレットは理解できないようだが、工場では使用する設備や工具について選定理由が必要だ。

 工場でなくてもそういった事はある。

 例えば自動車。

 通勤通学に使う目的なのに、大型のトラックを買うような人はいないだろう。

 使用目的に応じた選定理由があるわけだ。

 しかし、それが鍋だったり包丁だったりしたらどうだろうか。

 料理が好きで細かくこだわる人ならば、道具の選定理由もはっきりするだろうけど、日本中のご家庭が明確な選定理由を持っているとは思えない。

 煮る事が出来るから、材料を切る事ができるから、それで十分だという理由で購入していることもあるだろう。

 家庭ならそれでも十分だろうけど、工場での生産ともなればそうはいかない。

 錆びないからステンレスにしようと言っても、それはSUS303なのか、SUS304なのか、SUS316なのか、SUS430なのか。

 塗装やメッキじゃ駄目なのか。

 表面処理を選択しても、塗装もメッキも種類が山ほどある。

 過去にはニッケルメッキが綺麗だからという理由だけで、外観部品でもないものをニッケルメッキにしてくれた設計を思い出しますね。

 しかも無電解じゃない方に。


 全てにおいて選定理由は必要である。

 綺麗だからも理由か…… 


 という建前で、なんとなくの経験から決めちゃってますけどね。

 で、不良が流出した時に客の品管からスターレットみたいなことを言われるわけですよ。

 殴りたい。

 客じゃなくて設計を。

 生技だったりすることもあるけどね。

 結構昔から使っていると、理由は特になくて昔から使っている実績があるからってなっちゃうけど、本当はもっと条件の良いものがあるんじゃないですかねっていう事です。

 例えるなら、ガラケー使っていたけどスマホに変えてみたら激変みたいな。

 弊社は黒電話レベルなんですけどね。


「スターレットのジョブは剣士だから、ウォーハンマーやハルバード、サイスにメイスなんていうのは選択肢としてないかもしれないけど、剣といってもショートソードやロングソード、バスタードソード、シミター、レイピア、エストック、シャムシール、カットラス、レーザーブレードに仕込み杖と色々あるじゃない。どれが最適なのか試してみるのもいいと思うよ。実際に使ってみたらショートソードよりもいいものが有るかもしれないから」


「レーザーブレードはギャランにでも持たせておけば。それはそうと言われてみれば、駆け出しでお金が無かったからとりあえずショートソードだったけど、今なら他の武器も買う事が出来るね」


 スターレットもわかってくれたようだ。

 武器というのは戦場での要求によって、どんどん進化して形を変えていくものだ。

 斬れる事を目的としたものもあれば、突く事に特化したり、打撃武器としての機能を要求されることもある。

 銃などもその例にもれない。

 遠距離狙撃の必要が出来たのなら狙撃銃が開発されるし、狭い室内で使うために小型拳銃が開発される。

 しかしオールマイティーの武器などないのでどうしても足りないところが出てくる。

 狙撃中なら連射はきかないし、小型拳銃だと殺傷力が足りないこともあるだろう。

 剣においてもそれは同じで、硬さを求めれば靭性が犠牲になるようなもんである。

 一長一短があってなにが一番いいとは言い切れないのだが、それでも一度は試してみないと評価をしたとはいえないからな。

 世界的スナイパーの漫画でもM16を使っている理由がそこにあったな。

 メンテナンス作業の煩雑さはあるにしても、狙撃から突撃銃としての役割まで持たせようとすると、AK47は選択肢から外れてしまう、ひとりだけの軍隊だからっていうのが理由だったな。


 冒険者のパーティーでも鈍器を持っている仲間がいるのであれば、切れ味に特化してもいいのかもしれないが、そうでなければ切れ味を多少犠牲にしても鈍器としての機能を持たせることになるか。

 アイアンゴーレムやロックゴーレムみたいなのが出現したら、相手の部位を切断するのは難しい。

 達人に出もなればそれでも切断出来るのかもしれないが、一般的な冒険者にそれは無理だ。


「そもそも、武器を試すのもお金がないと出来ないんじゃ、失敗しやすい駆け出しの方が更に失敗しやすくなるじゃない」


 スターレットが口を尖らせる。


「言われてみればそうだね。訓練場にジョブに応じた武器を置いておき、冒険に出る前に試せるようにしようか。一度に全部の武器は揃えられないだろうけど、予算を組んで毎年少しずつ増やしていこうかな。ギルド長に相談してみるよ」


 そうしよう。

 そう考えていたら、スターレットが上目づかいでこちらを見てくる。


「あ、それなら防具もお願いしてみて。ラウンドシールド、カイトシールド、バックラー、スクトゥム、ランタンシールド、ライオットシールドって試してみたいじゃない」


「ライオットシールドは無理かな……」


 俺はライオットシールドの要求は断った。

 オッティに頼めば可能なんだけど、ファンタジー要素が無くなっちゃうからね。

 それに、日光に当たっり温度変化にさらされているとだんだん色がついたり耐久性がおちてくるから、長くは使えないんだよね。

 プラスチックだと飛び散った破片が刺さったりもするから、結構危ないんだよね。


「あー、でも結局冒険に出た時に色々なモンスターに遭遇することを考えたら、全部持って行くしかないのか」


 スターレットはそれに気づいてがっかりした。


「荷物運びを雇えばいいんじゃないかな?レベルが高ければアイテムボックスのスキルも使えるだろうし」


「それならアルトがアイテム鞄を買ってくれてもいいんじゃないかな」


 アイテム鞄はアイテムボックスの魔法を付与した鞄だ。

 ある程度の荷物を入れる事ができ、その量は金額に比例する。

 まあ、ばくさんのかばんだと思ってくれればそれでいい。

 「ばーくばくばくばくばくー」という呪文の詠唱はいらないけどね。

 その例えで通じているのかは疑問ですが、対象年齢が40歳以上の作品なので我慢してください。

 知らない人はググってね。


「俺がそれをスターレットに買ってあげたら、他の冒険者から苦情が出るだろう。それとオーリスから」


「え、私たちって恋人だよね?」


「それは違う世界線ですね」


「ぐぬぬ……」


 そんなやり取りをしていても不毛なので、俺は自分が持っているいくつかの剣を使って、スターレットの武器選びに付き合うことを提案したら、そこにシルビアとプリオラがやってきた。

 丁度いい、彼女達にも訊いてみよう。


「シルビアとプリオラは自分の使っている武器を選んだ基準って何?」


「何よ突然」


 二人は怪訝な顔をした。

 質問が唐突すぎたな。


「実は、スターレットの使っているショートソードについて、先輩冒険者からなんでそれを使っているのかって言われたんだけど、その理由が特になかったんだよね。使いやすいからっていうのはあったんだけど、でも他の武器を試したわけでもなくてね。で、他のベテラン冒険者はどうなのかなって思って訊いてみたんだ」


 そう説明するとシルビアが答えてくれる。


「相手を倒せればなんでもいいのよ。ね、プリオラ」


「そうね。難しいことなんか考えたくもないわね」


 シルビアの言葉にプリオラも頷いた。

 二人の言うのは、いわゆる出来栄え評価ってやつだな。

 武器の要求定義は相手を倒せることだ。

 つまり、斬ろうが殴ろうが叩こうが、相手を倒せればそれでよいのだ。

 工場でいうならば、刃物が材料を切って寸法が管理値に収まっているかぎり、そのまま使い続けるという管理方法になる。

 品質管理という観点からしたら、良品になっている原理原則を理解していないので、とても不安な管理方法だ。

 だけど、実際にはそんなのばっかりですよ。

 なんにも考えずに超硬の刃物つかってたりとかあるんですよね。

 よくわからない人は、工場の床を掃除するための清掃道具で、箒とモップのどちらを購入するか検討しないで、目についたから箒を買っちゃった事だと思ってください。

 結果的にどちらを使っても掃除は出来ると思います。

 シルビアとプリオラは綺麗になるんだからそれでいいっていう意見だな。

 よく言えば『弘法筆を選ばず』か。


「ただ、色々な局面で使えるって考えたら、結局ショートソードなのよね」


 プリオラはそう付け加えた。


「そうそう。使っている人が多いっていうのはそういうことよ。だから、使いやすいからっていうのは正しいの。そんなのもわからずに訊いてきた奴が悪いわ。今から一緒に殴りに行く?」


 シルビアがスターレットにそう訊ねたが、スターレットは全力で否定した。

 今行かないなら、明日か?

 それとも、振り返れば訊いた奴がいる?


 …………


 ま、不良がでなければそれでいいじゃない。



※作者の独り言

不良が出た時に、原因となる工具、工法等に選定理由がないとき本当に困る。

開発時と同じような検証を要求されますからね。

それが今

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