第409話 変化点はどこに?

 今日はシエナが相談に来ていた。

 ランディとの夫婦生活に問題があるらしいのだが。


「聞いてよアルト。ランディったら最近お前の作る飯が不味くなったって言うのよ。頭にくるじゃない」


 シエナがドンっと相談窓口のカウンターを叩いた。

 その音に驚いたギルド内にいる人々がこちらを見る。

 その視線を受けて、前世の事務所で怒られているのを思い出してしまったので、居心地が悪い気分になってきた。

 僕悪くないよ。


「確かにその言い方は酷いな」


 シエナをなだめるように同意を伝える。


「そうよ。キラリときめく愛情たっぷりの苦くてビターなスパイスだってたっぷり入ってるのよ。ま○んちゃんの言うようにね」


「苦くてビターとは言ってないと思うよ」


 というか、こっちにも電波が飛んできてるのか?

 シエナはどこでクッキング芸能人情報を仕入れたのだろうか。

 とても謎だ。

 電波が飛んできているのなら、MだかOだかのリンクの会社が受信料徴収に来ちゃうぞ。

 電波受像機が無ければ徴収はされないんだけど、弊社の研修生は何故か受信料を払っていたな。

 日〇発条じゃないほうに連絡して、契約解除出来たとか風の噂に聞きました。

 ■本発条に連絡されても困りますね。

 本当にどうでもいい前世知識は横においておきます。


 シエナとそんな会話をしていたら、暇を持て余した勇敢マダムこと蛮勇のシルビアさんがやってきた。


「あら、シエナどうしたの?」


「シルビア、実はランディが最近飯が不味くなったって言うから、アルトにどうしたらいいのか相談しに来たの」


 シルビアに訊かれたシエナはそう答えた。

 すると、シルビアはふんと鼻を鳴らしてニヤリと笑う。


「そんなの簡単よ。美味いっていうまで殴り続けたらいいわ」


「それいいわね。シルビアに来てもらおうかしら」


 解決でいいのかな?

 二人がランディをとっちめる話で盛り上がってきたので、俺はランディの身を案じつつ席を立ってコーヒーを取りに行こうとしたが、それをシエナに止められた。


「待って。アルト、今のが解決策とか思ってないわよね?」


「あ、はい」


 終わったつもりでいました……

 もう一度着席して今度はまじめに解決方法を考える。

 いや、解決方法というか原因の調査からだな。

 最近飯が不味くなったというからには何らかの変化点があったはずだ。

 変化点・変更点管理なんてしていないはずだから、そこのところを聞き取り調査していこう。

 まずは材料の変化点だ。


「シエナ、料理に使う材料を変えたりしたかな?例えば野菜や肉を買う店を変更したとか、塩の購入先を変えたとか」


 そうシエナに質問してみた。


「それは無いわよ。いつも同じ店で買っているわ」


 そこに変化はないか。

 それでも材料なんて工業製品じゃないから、日々違う味のものを購入しているはずだな。

 こればかりは仕方がない。

 では次に人…………

 は変わりがないか。

 やり方が変わったっていうのはあるかもしれないな。


「なにか料理のやり方を変えたりしてない?火力を強くしたりとか、逆に弱くしたりとか。若しくは味見をしなくなったり」


 味が変わるとなると調理方法に何か変更があるかもしれない。

 味見という検査工程を無くせば、味の変化に気が付かないはずだ。

 ええ、検査工程を勝手に省いちゃう製造がいるんですよ。

 経絡秘孔をついてやろうか?


「火力は一緒よ。それに味見なんて毎回しているわよ。それで自分では変わったことなんて無いと思っているんだけど」


「そこにも変化はないか。じゃあ調理道具を変えたりしてない?鍋や包丁とか」


「それも無いわね」


 シエナに聞いた限りでは変化点は見当たらなかった。

 では環境はどうだろうか。


「料理をする環境が変わったりとかないかな?」


「環境って何よ?」


 環境の説明からしないとダメか。

 作業者の聞き取りでもそういう事はあったな。

 例えば組立工程で前工程から来た製品の穴径大という寸法不良が多発して、前工程を調べても不良が全く見つからなかった。

 ただし、穴径は規格値の上限に寄っていた。

 組立工程をよくよく観察してみると、冬場で寒いのでストーブがついていたのだが、これが作業前の製品に熱を加えていたのである。

 そのため、作業時に穴が広がってしまっていたのだった。

 気温の変化が寸法に影響を与えたのだが、4Mだけでは辿り着かない変化点だったな。

 当然逆に寒すぎて寸法が小さくなってしまう事もある。

 4M1Eや5M1Eなどと言われる略語のEはEnvironment、つまり環境の事である。

 環境の変化が不良に繋がる事もあるので、そこも確認しましょうという対策の考え方ですね。

 ということをシエナにも教えた。


「毎日時間は同じ時間に作るから、気温の変化は無いわよ。季節によって変わる事はあるけど。それと、臭いや味がわからなくなるような異臭が近所から臭ってくることも無いわね。っていうか、そんな事があったら騒ぎになっているわよ」


「そうだよねえ」


 結局シエナからの聞き取りでは何もわからなかった。


「こうなったら現場確認だ」


 変化点・変更点の調査が終わったら、次は発生現場の確認だ。

 シエナの家に行くことにしたのだが、暇を持て余すシルビアもついてくることになった。

 この瞬間、俺はランディの治療までを確信した。

 流石に蘇生までは行かないと思う。

 ほら、なんだかんだでシルビアって手加減が絶妙だから、三途の川を見ても渡らないギリギリを攻めてくるから。

 走馬灯のように人生を振り返ることにはなるけどね。


 シエナの家に着くと、早速台所の確認にはいる。


「片付けてないんだけど……」


 と、シエナが頬を薄紅の秋の実のように染めた。

 台所なんて客の目につかないところだから、ついつい片付けが疎かになるのはわかる。

 だが、今回はそれが好都合だ。

 不良が出る現場のそのままが見たいのだから。


「いや、今回は普段のままが見たかったからこれでいいんだよ」


 と言い、食器が棚に戻されずにテーブルに積み上がっている様を見た。

 どうせすぐ使うから、食器棚に戻さなくてもいいやっていう気持ちが伝わってくる。

 洗濯物とかもそうなりがちだし、なんなら工場の現場でも工具が作業台に出たままなんてのもある。

 段取り時に取り出すのが面倒だからそうなるのだが、モンキーレンチが出荷品に混じって行ってしまったりとかあるので、会社では決められた場所に戻そうね。


「ところで、いつからこの状態?」


 俺は積み上がった食器を指さして、シエナにそう訊ねた。


「新婚の頃は頑張って片付け出たんだけど、いつの間にか…………」


 シエナはバツが悪そうに答えた。


「つまり、ランディに飯が不味くなったって言われる前からこの状態なわけだね」


「片付けなきゃって思ってたのよ」


 シエナはそう言い訳をするが、それは俺じゃなくてランディにするべきだな。

 というか、ランディが片付けしてもいいんだよな。

 この世界では家事は女性がするものっていう考えが強いが、ランディは冒険者だから一通り出来る。

 自分で料理して片付けまでやってもいいし、片付けだけをやってもいい。

 それに抵抗は少ないはずだ。

 冒険に出ても料理をしない男なんて、貴族が道楽でやってる冒険者か、アイテムボックス持ちくらいなもんだろ。

 アイテムボックス持ちでも、バカでかい容量が無いと調理された食事をアイテムボックスに入れて持っていくなんてことはできないが。


「べつに責めてるわけじゃないよ」


 それは家庭の問題だから俺がとやかく言う事ではない。

 これが工場ならとやかく言っているけどね。


「でも、アルトが見ても異常はないのよね?」


 そう言ってきたシルビアは最初は興味津々にシエナの家を見ていたが、直ぐに飽きてしまい帰りたそうなオーラを纏っている。

 このままだと短絡的な解決を選択しそうだ。

 ランディの命が危ない。


「じゃあ、再現してもらうためにも、シエナに料理を作ってもらおうか」


「あ、それいいわね。あたしたちが味見をして美味しいか不味いか判定すればいいんだもの」


 シルビアの機嫌が良くなった。

 ひょっとして、お腹がすいていただけかな?

 シエナもそこは了承してくれて、料理を作り始める。

 メニューは肉入り野菜炒めだ。

 調理作業を観察するが特に問題はない。

 トップクラスの料理人の作業標準書を持つ俺と比較すれば、それは悪いところもあるのだが、シエナはシェフを目指している訳ではない。

 これなら味も悪くは無いと思う。


「さあ、食べてみて」


 シエナが完成した料理を皿に盛り、俺とシルビアの前に出してきた。


「温かい状態だけど、ランディにもこの状態で出しているんだよね?」


「当然よ。あの人が帰ってきてから料理を始めるんだから」


 となると、これはランディに提供する状態と同じか。


「食べるわよ」


 シルビアに促されて実食してみた。

 シエナが恐る恐るこちらに味を訊いてくる。


「どう?」


「普通」


 と俺が答えると、シルビアに殴られた。


「何で殴るんだよ」


「こういう時はお世辞で美味しいっていうべきよ」


「いや、それは客として呼ばれた時の話だよね。今回はランディが不味いっていう原因を調査しに来たんだから、味の評価は正確に伝えるべきだよ」


 どうやらシルビアは当初の目的を忘れて、食事に呼ばれたつもりでいたらしい。

 俺だってそういう状況ならお世辞の一つも言うぞ。

 本当に不味ければどこかの美食家みたいに作りなおせって言っちゃうかもしれないけど。

 あれでよく料理は心だとか言えるよね。


「シルビアはどう?」


 シエナがシルビアにも質問した。


「普通」


 シルビアも結局俺と同じ感想を口にした。

 なんだよそれ。

 いや、学習したっていう事かな。


「ほら、二人が普通だって思っているんだから、不味い訳じゃないんだよ」


「でも、それって美味しくもないわけよね」


 あ、シエナがちょっと落ち込んでいる。

 これは回答をミスったかな。

 しかし、事実を伝えないとだしなあ。


「ひょっとしてランディは昔の想い出から、過去を美化しすぎて不味くなったって思っているんじゃないの?」


 シルビアがまともな事を言った。

 ランディが過去を美化している可能性もあるな。

 というか、シエナの変化点ばかりを気にして、ランディの変化点を確認していなかったな。


「見落としていたよ。ランディを調べてみようか」


 そうして三人でランディの帰りを待つことになった。

 これがフラグでランディが迷宮で死んだりしたら嫌だなと思ったが、そんな事はなく無事に帰宅した。

 俺とシルビアがいることに驚いたが、事情を説明するとわかってくれた。

 そして、俺は冷めないようにアイテムボックスに収納していた先ほどの野菜炒めを取り出す。

 敢えて俺達の感想を言わずにランディに食べさせた。

 余計な先入観を持たせないためだ。


 野菜炒めを口に入れて咀嚼するランディ。

 口の中が空になってから話し始める。


「ほら、やっぱり不味いよ」


 彼はそう感想を述べた。

 これで俺は確信した。

 シエナの料理が不味くなったのではなく、ランディの味覚が変わったのだ。


「ランディ、ここ最近体調の変化はないかな?」


 俺はランディに質問した。


「ないよ。健康そのものだ」


「そうか。ちょっと診察させてもらうよ」


 俺はそう言ってランディに診察スキルを使った。

 しかし異常は見つからない。


「病気じゃないのか」


「だから言ったろう」


 ランディは困惑した表情になる。

 突然病気かもしれないと言われたらそうなるか。

 だとすると、どうして急に味覚が変わってしまったのだろうか?

 妊娠して味覚が変わるわけでもないし。


 俺が悩んでいると、シルビアが


「呪われてるんじゃないの?」


 と言った。


「呪い?なんでそんな事になるんだよ」


 ランディはむすっとした表情になる。

 が、シルビアに睨まれると直ぐに怯えた表情へと変化した。

 忙しいな。


「呪いか。一応そちらも確認してみようか」


 原因不明の不具合ならば、兎に角可能性のある事は全て検証だ。

 これで呪いが無ければそれでいい。


「あっ」


 俺は鑑定スキルを使うと、ランディが呪われている事がわかった。

 しかも、愛と憎しみが反転する呪いだ。


「ランディ、君は呪われているよ。さっきは診察スキルだったから呪いには反応しなかったみたいだね」


「ええ!?」


 俺の告知にランディが吃驚する。


「どうも、愛と憎しみが反転して、人間の感覚に作用するみたいだね」


 俺の説明にシエナも驚く。

 そして俺の肩を強く掴んで激しく揺さぶってくる。


「それってどういう事なの?」


 脳がシェイクされる揺れが辛いので、俺はシエナの腕を掴んで揺さぶるのを止めさせた。


「説明するより見た方がわかりやすいよね。シルビア、ランディを憎しみを込めて殴って」


「わかったわ」


 シルビアが拳を握ったかと思うと、直ぐに強烈な右ストレートをランディに見舞った。


「へぶっ」


 変な声を上げて吹っ飛ぶランディ。

 そのまま床に倒れる。

 しばらく床に転がっていたが、起き上がってくると恋する瞳でシルビアを見つめた。

 そしてシルビアの手を取ると、


「シルビア、好きだ」


 と愛の告白をした。


「はぁ?」


 シエナはその行為に一瞬固まったが、直ぐに正気に戻ると怒りに燃える目になった。

 そして今度はシエナがランディを思いっきり殴りつけた。


「私の目の前で浮気とか。死ね!」


 強烈な一撃をもらい、ランディは気を失って床に倒れた。

 うん、俺の指示が悪かったかな?

 ごめん、ランディ。


「今見てもらったように、憎しみを込めると呪いの効果でそれが愛に変わるんだよ。つまり、シエナが毎日愛情込めて料理をすればするほど、ランディは不味いと感じてしまっていたんだ」


「そんな呪いなら早く言ってよ!」


 シエナから抗議を受ける。

 言ってもわからなかったから、わかるように見せてあげたのに。


「ランディはどこかでこの呪いにかかってしまったんだろうね。今呪いを解呪しておくから」


 俺は気を失っているランディの呪いを解呪してやった。

 そして、ヒールで傷をいやす。

 ランディにも呪いを説明すると納得してくれた。


 しかし、シルビアは解呪出来たのかを疑っていた。


「本当に解呪出来たの?」


「じゃあ、もう一度料理を食べてもらおうか」


 ランディに残っていた野菜炒めを食べて貰う。


「美味しいよ」


 彼はそう感想を述べた。

 俺はそれを聞いてシルビアを見た。


「ほらね」


「ん-。じゃあ、ランディはあたしのことをどう思っているの?」


「凶暴な雌オーガ」


 それを聞いたシルビアの右ストレートが、再びランディの顔にめり込んだ。


「アルト、ランディに別の呪いがかかっているんじゃないかしら?」


「あ、はい…………」


 呪いではないとは言いづらかった。



※作者の独り言

後工程の判断基準が変わって、突然不良だと言われても困りますよね。

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