第402話 乙女ゲー世界は品管には厳しい世界です

 グレイスに呼び出されて王都に来ている。

 何故ここで待ち合わせになったのかというと、彼女も王都に来る用事があるからだ。

 オーリスも一緒に来ているのだが、彼女は領主としての仕事があるので今は別行動となっている。


 で、グレイスの王都の屋敷での面会となった。

 オッティはここに来ていはいない。

 今回の要件というのは俺だけでいいようだ。

 応接室に案内されて、出された紅茶を飲む。


「随分といい茶葉だね」


 ティーカップを置いてグレイスにそう言うと、彼女は微笑む。


「納得いくのが手に入らなかったから、飲料工場を建設したのよ。ただ、オッティのスキルでも、途中で倒れるペットボトルをどうにもできなくて、それを監視する人員を雇ったわ」


「古傷を抉るようなエピソードをありがとう」


 飲料工場の倒れるペットボトル問題、こちらでも解決していなかったか。

 数多の生産技術が挑んでは敗北したと聞くが、今では解決しているのだろうか?


「で、呼んだのは紅茶の自慢のためじゃないよね?」


「そうだったわね。ねえ、この世界が乙女ゲームの世界だって覚えている?」


「覚えてないけど。というか初耳?」


 グレイスが王都の貴族学校を追放されたのは知っているが、乙女ゲームなのかまでは言及してなかったような。


「断罪イベントで前世の記憶を取り戻す、これが乙女ゲームでなくてなんだというの?」


「知らんがな」


 ちょっと不機嫌になったグレイスが、俺をジト目で見てくるが、あいにくと乙女ゲームなどやったことないので、定番だと言われても正しいのかわからないぞ。

 確かにそういう設定の小説は多いけど。


「まあいいわ。そうやって前世の記憶が戻って、前世知識で内政チートしていたら、婚約破棄してくれた王太子が復縁を迫ってきたのよ」


「前世知識で内政チートって、それはグレイスの手柄?」


 どう考えてもオッティの手柄だろ。

 しかし、俺の意見は無視される。

 グレイスは何事もなかったかのように話を続けた。


「あの駄目王太子、新しい恋人と遊びすぎてお金を使いすぎたのが問題になったら、私と復縁して領地経営の収入を使おうと画策しているのよ」


「クズだな」


「そうよ。あの女に騙されてからどんどんクズになっていったわ。あの女は男をダメにする女よ。まあ、そのおかげで親の反乱の時に運よく王都にいなかった訳だけど」


「人間万事塞翁が馬だな」


「そうね、1ミリくらいはプリウス殿下とマレアに感謝してもいいかしら。それにクズ王太子殿下を引き取ってもらったと考えればねえ」


「ん?」


 グレイスが口に出した名前が気になった。

 プリウス殿下に恋人のマレア。

 どこかで聞いた気がするぞ。


「ひょっとして、帝国からの留学生の護衛騎士がフィンっていう名前だったりする?」


 俺は気になったのでグレイスに訊ねてみた。


「何言っているの。この世界の命名ルールからして、フィンが登場するなら女の名前はマレリよ」


「説明が必要なボケだよね」


 エバポレーターか!って突っ込みを入れる場面でしょうか。

 本当に説明が必要なのですが、エバポレーターにはフィンっていう部品がついていて、それを作っている会社がマレリっていう会社なんですよね。

 あれ?

 今はハイリマレリだったかな?

 昔のカルソニックカンセイです。

 で、今回のパク……オマージュ元の作品に出てくるキャラクターがマリエとフィンっていう名前なんですが、両方知っていて初めてわかるボケなので、みんなが知っている前提っていうのはどうでしょうかね。


「で、そのユリウス王太子殿下が今更になって復縁を迫ってきたとしても、断れば済む話じゃないのか?」


 お断りすればいいのに、どうして俺を呼ぶのか意味が分からない。


「復縁の為に決闘を申し込まれたのよ。女の方に」


「はあ?」


 事情を訊けば王太子殿下と復縁を賭けて決闘しなさいと言われたようだ。

 普通は別れるのを賭けて決闘するんじゃないのかな?

 しかも相手の恋人から申し込まれた決闘だし。


「頭がお花畑で話にならないわよね。でも、貴族である以上は決闘を申し込まれたらば受けなければならないのよ。当然代理を立てる事は出来るけど」


「で、代理が俺っていう訳だ」


「そうよ」


「でも、オッティでもよかったんじゃない?」


 グレイスは首を横に振った。


「外見がおっさんなんで、絵的に却下になったのよ」


 世知辛い……

 グレイスは続けて決闘のルールを説明してくれる。


「鎧を着て戦うんだけど、鎧といいながらもパワードスーツみたいなもんね。付与魔法で身体能力が強化されると思ってくれたらいいわよ」


「じゃあ、俺じゃなくてもいいじゃん」


「他に任せられるのがいないのよ。最悪負けたらこの国を滅ぼして」


「それは却下で」


 何が悲しくてグレイスの為に国を滅ぼさなきゃならんのだ。

 義父もそれなりの地位にいるというのに。


「それと、これはオッティから預かってきたの」


 グレイスは手のひらの上に球体を出した。


「何これ?」


「名前はエリシオン。人工知能を搭載した便利アイテムよ」


 あー、やっぱりそういう名前ですよねと諦めた気持ちになる。

 なんとなくはわかっていたが、やはりそれを実際に聞くとねえ。

 新人類を滅ぼしましょうとか言い始めるのかな?

 そして口が悪いんだ。


「こういうのって大概口が悪いって相場は決まっているんだよな」


 俺が言った言葉に反応したのか、エリシオンが音声を発する。


『お食事はデキテヤガルたべてください。ジョンソン』


「口が悪い人工知能ってそっちかよ。グレイスは半世紀も前の話を持ち出して来て、本当は何歳なんだよ」


 聞き覚えのあるセリフに、ネタを仕込んできたグレイスをジト目で見てやった。

 いや、ジョンソンって名前からして、重要保安部品を作っている会社の事かもしれないな。

 穿った考えになりすぎか?


「わ、私だって田●浩史の同人誌でしか知らないわよ」


 グレイスが必死で言い訳をしてくる。

 完全にわかっていてやっていただろ。

 このままでは決闘当日までに左腕に最高なGUNを埋め込まれてしまいそうだ。


「それだって四半世紀前だけどな」


 言い訳を粉砕してやった。

 どのみち知っているのは40代以上だ。

 だよね?


 そんなわけで、口の悪い人工知能と一緒に、鎧という名のパワードスーツを着て戦う事になってしまった。

 オーリスにそのことを伝えると、グレイスとの関係を疑われる事になったが、そもそも義父の寄子だしお互いにメリットがない。

 愛し合ってしまえばそんなものは関係ないのかもしれないが、人生かけるほどのもんでも無いぞ。

 時には愛のメドレーもあるかも知れないが。

 愛のメドレーであって、実在の企業団体とは無関係だからな!

 メドレーの語源ってパスタと同じなんだね。

 これで上手く誤魔化せたかな?


 決闘は闘技場で行われることとなっていた。

 相手は流石王太子殿下であって、場所をすぐに抑えて使用許可を取ったらしい。

 いわゆる円形闘技場であり、審判員の他に観客もいれてどちらが勝つのか賭けも行われるんだとか。

 相手は代理を立ててくるのか不明だが、王太子殿下は乙女ゲームの攻略対象なのでそれなりに優秀らしい。

 ゲームの中では完璧超人として描かれているんだとか。

 じゃあ、なんでそんな残念な今があるのかと問いたい。

 なんでも完璧にこなす奴が女性で失敗なんて無いぞ。

 完璧な奴は女性関係も完璧だ。

 甲斐性のない男が結婚して子供を作るくらいなら、そんな完璧な男が一夫多妻で子孫を作った方がよっぽどいいと思える事例を沢山見てきた。

 これは子供を残せてない俺の言う事じゃないか。


 そんな闘技場の下見をしてみたが、普段は特に催し物をやっているわけではないようだ。

 時々奴隷を使った見世物があるくらいである。

 入り口には兵士が立っており、中を見ることは出来なかった。


 結局決闘当日まではグレイスの屋敷の庭で、鎧を使った練習をするしかやることが無い。

 オーリスにこちらの屋敷でやれと言われたが、グレイス所有の鎧なので持ち出しを許可してくれなかったのだ。

 今更持ち逃げを心配されてもと思ったが、どうやらそういうことではなく盗難などの妨害を心配していたようだ。

 ジョブが怪盗の嫁の屋敷に盗みに入るかわいそうな泥棒を見てみたかったが残念だな。


 そして、なにも問題は起こらずに決闘当日となった。

 闘技場は異様な熱気に包まれている。

 その熱気の中心に俺は立っていた。

 背中の方にはグレイスがいる。


 ここが乙女ゲーム世界であるならば、こちらは悪役令嬢とその取り巻きなのだろうな。

 既に断罪イベントを経て追放されているので、悪くは言われていないが王太子殿下の勝利に賭けている連中からは罵声が飛んでくる。


「なあ、グレイス」


「何?」


 俺はグレイスの方を振り向いた。


「罵声を飛ばしている観客もまとめて吹っ飛ばしていいか?なんか前世の会議で品管が糾弾されているシーンを思い出した」


「気持ちはわかるけど、魔法の障壁があるわよ」


「王都を吹っ飛ばすくらいのピクリン酸を使う」


「却下」


 グレイスに即座に却下されてしまった。

 勿論冗談だ。

 俺だってオーリスがいるのにそんな事はしない。

 いなきゃやるのかって言われるとそうだと答えちゃいそう。


「何をしている、さっさと始めるぞ」


 正面にいたプリウス殿下が、俺たちのやり取りを見て苛立ってそう言い放った。

 そんなに急いでグレイスの財産が欲しいのか?


「はいはい」


 俺は投げやりに返事をすると


「それが王太子に対する態度か」


 と怒鳴られた。

 やれやれと首を振って相対する。


「一番の武器を」


 と俺はエリシオンに命令を出した。

 すると、バックパックの収納ボックスから出てきたのはスコップだった。

 主に穴を掘るのに最適な剣スコだ。

 鎧用なので大きく、それなりの大きさがあるが……やはりスコップだ。


「あれ!?」


『前回、一番にはスコップを収納していましたね』


「ブレードを出せよ!」


『一番を指定したのはマスターです』


 こいつ絶対に分かっていてやっている。

 お前は■ボドリルのツール番号を間違った作業者か!

 バックパックの収納ボックスには一番から四番までの番号がついている。

 それぞれの中に道具が入っているのだが、一番にブレードを入れたと思っていたらいつの間にかスコップに入れ替わっていた。

 俺は間違いなくブレードを入れていたので、入れ替えたとしたらエリシオンの仕業だ。

 同じ事はマシニングセンターでも起こりえる。

 単軸の加工機であれば、ツールは目の前にあるからわかるのだが、マシニングセンターともなると複数のツールがプログラムに従って使われる。

 で、ツール番号をプログラムで指定するのはいいが、その番号のホルダーに違う刃物がついていると、当然ながら不良になってしまう。

 酷い場合は刃物が破損する。


 つい最近、マシニングセンターを掃除した作業者が、戻す順番を間違ってくれて酷い目にあったのだ。

 あれ、つい最近っておかしいよね。

 転生した設定なのにね。


 さて気を取り直してプリウス殿下と向かい合い、開始の合図を待った。


「はじめ!」


 その掛け声と共にプリウス殿下が突っ込んでくる。

 その目の前に定盤作成スキルで大きな鋳鉄の定盤を作ってやった。


――ゴイン!!!


 金属同士がぶつかる鈍い音が闘技場に響き渡った。

 プリウス殿下の鎧の動きが止まる。

 突如目の前に定盤が現れたため、避ける事が出来なかったのだ。


 プリウス殿下はかなりの速度でぶつかったので、鎧の中ではあるが相当の衝撃が加わったはずだ。

 それでも高度な防御魔法が幾重にも掛けられているはずなので、命に別状はないと思う。

 命に別条があったら、俺の身がヤバイからな。


 俺は審判の方を見た。

 審判は慌てて俺の勝利を宣言する。


「勝者グレイス女男爵!」


 俺はあくまでも代理人なので、勝利したのはグレイスなのだ。

 闘技場が歓声に包まれる。


 鎧から出るとグレイスが近寄ってきた。


「助かったわ」


「どういたしまして。後処理はよろしくね」


 そう、王太子殿下に勝利して彼に恥をかかせてしまったので、何かと宮廷対策が面倒なのだ。

 派閥の対立なんかもあって、ドロドロとしているのは社内の派閥を思い出すな。

 グレイスもこれからの面倒を考えて、完全に喜んでいる顔ではない。

 どこかに影がある。


 心配して何か声をかけようとしたが、やってきたオーリスに回収されてしまう。


「後はお父様がなんとかしてくれますわ」


「そうですね」


 オーリスの言葉にグレイスが頷いた。

 そして俺は引きずられるように闘技場を後にする。

 オーリスがやきもちを妬いているのか。

 可愛いな。



※作者の独り言

マシニングセンターのツール間違った話を書きたかったんですけど脱線しまくりですね。

当日の初品確認で異常に気が付きましたが、なにしてくれとんのやって班長が怒ってました。

ツールの付け間違いなんかも、将来的にはAIとかで防止してくれるんでしょうかね?

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