第395話 工程保証度とパーティー構成
今日はスターレットが相談窓口に来ている。
珍しいな、最近ではベテランの域に入ってきて、相談されるような事もないと思っていたが。
「アルト、相談に乗って欲しいの」
「うん。何があったの?」
「臨時で入ったパーティーの人数が多すぎて報酬の取り分が少なくなることがあったの。リーダーにメンバーが多すぎるって言ったんだけど、安全を考えたらこのくらい必要だって言われたのよね」
スターレットの話を聞くと、リーダーはかなり慎重な性格であり、とにかくパーティーメンバーの数が多かったそうだ。
総勢15人。
迷宮の未踏の階層に挑むならまだしも、地下15階層付近での狩りとなれば、冒険者ランクからいっても人数は過剰だ。
しかし、冒険に絶対はないのでそれを否定することも出来無い。
思い返せば、TRPGのパーティーなんて集まった人数で決めていたから、何が適正なのかなんて検証していなかったな。
ここはゲームの中じゃないから、そういうところはしっかり管理すべきだった。
反省。
前世で考えるならば、工場でも新設のラインでは工程保証度評価というものを実施する。
FMEAの現場確認みたいなものだと思ってもらえばいいんだけど、FMEAがわからなければ工程で不良を作らない、流出させない仕組みがどの程度出来ているかの確認だと思ってください。
というか、まんまだな。
例えばパーティーの回復能力について、癒し手がいるかいないか。
いるのであれば、その能力は十分であるかを確認する。
この時、回復能力があるかどうかなので、ポーションでも代用出来る。
が、ポーションは有限であり、その分を評価として癒し手がいるよりも低くする。
それは必ずしもではなく、運搬人のアイテムボックスに腐るほど詰め込んであれば、能力の低い癒し手よりも評価は高くなる。
さらに、直接打撃が無効になるモンスターへの備えとして、魔法が使えるメンバーが用意されているか、その属性は全て揃っているかとチェックしていくと、どうしても足りないところが出てくるはずだ。
今回スターレットが参加したパーティーは、極力そういうのを無くそうとしていたのだろう。
ほら、かつおぶし削りの刃が錆びていても、タンブラーグラスを割って、ガラスの破片でかつおぶしを削るから大丈夫的なあれです。
タンブラーグラスなかったら困ったことになっていたね。
標準作業じゃないから、工場じゃやっちゃだめだけど、設備が壊れて代用して、変化点を客に黙っていたら後でバレたなんてことも。
勿論、刃物が錆びていたら駄目な事はわかっているので、突っ込みは無しです。
来ても無視します。
脱線しましたね。
「だからといって限度があるわ。あれじゃあ一人あたりの報酬が少なくて生活出来無い。命が安全だけが条件じゃないわよ」
スターレットはぷりぷりと怒る。
それも一理ある。
完璧な工程には金がかかるものだ。
例えば人による目視検査を全てセンサーに置き換えた場合、製品の搬送ロボットとセンサーで莫大な費用がかかる。
そんな見積もりは客先が認めない。
結局のところ、価格を考慮してある程度のところで折り合いをつけるしかない。
工程保証度評価も、必ずしも満点である必要がないのはそのためだと思っている。
完璧を要求するなら、それに見合ったお金を下さい。
「最低限ここの項目はこのランクっていうのがあればいいのかな。回復手段を持っているとかね。魔法だってスクロールがあれば、魔法職以外でも使えるわけだし」
スクロールっていうのは魔法が使える巻物だ。
ファイヤーボールなんかを付与した巻物に、魔力を流すと誰でもファイヤーボールが撃てる。
ロストテクノロジーではないから、賢者の学院で買う事が可能なのだが値段は高い。
安くしたら魔法使いが失業しちゃうよね。
理由はそんなところではなく、作るのに手間がかかるかららしいが。
「回復手段、攻撃手段それも近距離と遠距離に物理と魔法、移動手段、索敵、罠なんかで備えるべき項目を洗い出して、一覧表にするのと当時に評価基準も明確にしたものをつくろうか。冒険者は細かいことは覚えてなくてもいいけど、そういうものが有るとだけ覚えておいてもらえばいい。パーティー構成の見直し時とかに冒険者ギルドに問い合わせてもらえば、評価項目と基準を開示するよ。単に人が多い少ないでは個人の感覚によるところがおおきくなるからね」
「それって最高ランクになるにはどうしたらいいの?何百人もメンバーが必要になるんじゃない?」
「んー、俺なら一人で全部できるからなあ。しかも、金等級以上で。人数を減らすのは訓練次第じゃないの」
「アルトは訓練した?」
「してない……」
作業標準書のスキルが優秀過ぎて、自分でなにか訓練したっていうのは無いな。
スキルは自動筆記だから、書き漏らしもないし。
「まあ、そうは言っても項目の洗い出しをしなきゃいけないから、今から迷宮に行こうか」
そう言ったところで丁度シルビアがやってきた。
「何二人で出掛けようとしているのよ。あたしも連れていきなさい」
「はい……」
こうして三人で迷宮に行き、何が必要な項目なのかを確認する事になったのだが、シルビアが強すぎて保証すべき項目が見えてこない。
ベテランの作業者であれば、ラインの悪さを経験で補ってしまうって奴だな。
近距離は言うに及ばず、中距離や遠距離でもナイフを投げたり、石を投げたりして敵を倒す。
魔法でしか傷つけられない敵は、魔法剣で攻撃して倒す。
罠は超反射神経で躱す。
回復はそもそもダメージを受けないので必要ない。
まったく参考にならないぞ。
「あたし一人で十分ね」
胸を張って威張るが、今回はそれがあだになっている。
シルビアの工程保証度が高いといえばそうなんだけどね。
「あのレベルなら一人でもなんとかなるのはわかった。標準的なパーティー構成は前衛と後衛、それに回復と斥候。可能な限り魔法職ね。前衛が少ないと抜かれて後衛が危ないし、回復手段は複数無いと回復役が気絶や死亡したらおしまい。そうなると六人でも少ないくらいかな。十人欲しいけど、報酬を頭割りすると、うーん」
スターレットが悩む。
この辺の落としどころが難しいな。
FMEAや工程保証度をどこまで落としてもいいのかなんてものはわからない。
最悪な工程だとしても不良が流出しない事だってある。
冒険者も、どんなに備えていても死ぬこともあれば、備えが無くても生きて帰る事が出来る事もある。
ただ、確率的には備えていたほうがいいに決まっている。
工程能力指数のような目に見える確率じゃないぶん、工程保証度評価の満足ラインをどこにするのかは悩ましいな。
最初にルールを作った人達はどうやって決めたのか訊いてみたい。
「そうか、毎回アルトかシルビアと一緒に冒険すればいいんだ!」
スターレットが思いついた解決策はそれだった。
そんなもん、対策書だったら受領できないよね。
不良が流出した時に、客先で発見されたから検査を客先にお願いしようなんて通らないよ。
俺は客先じゃないけど、まずは自分達で解決する手段を考えないとね。
「スターレットが一人で戦ってみようか」
「え、無理無理」
「危なそうなら助けに入るけど」
「やるまでもないよ」
と断られてしまったので、結局過去の事例から冒険に出る時に保証すべき項目を洗い出すことになった。
あれ、とっても品質管理の仕事をしているぞ。
※作者の独り言
各社工程保証度評価の書式がありますが、なんであんなに面倒なんでしょうかね。
やったところで不良は出るんですよ。
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