第393話 変化点管理の難しさ

「今ならオピオイド系経皮吸収疼痛薬を異世界で売り出すことも可能」


 俺は自宅の部屋で物質創造のスキルを使ってオキシコドンとフェンタニルを作り出し、それをイオン液体化させた。


「アルト、何をしているの?」


 ドアが開き、オーリスが入ってきた。


「アレが止まっているうちに、異世界で疼痛薬を作ってしまおうと思ってね」


「それは薬局薬店的な何かを始めるということでしょうか?」


「いや、異世界で薬局を開くのは違うよ。アメリカで貼り薬、東証で株券印刷の方」


「そちらなら、パイプラインの更新もありませんわね」


 そう、あちらが止まっている隙きに、経皮吸収の疼痛貼り薬を作ってしまいたいのだ。

 オピオイド鎮痛薬はこの世界にもあるが、やはりその中毒性が問題である。

 薬は肝臓などで分解され、患部に届く時には服用した程には効き目がない。

 なので、それを見越した量を処方、服用することになる。

 オピオイドは芥子から抽出するアルカロイドなので、麻薬中毒患者が増えるわけだ。

 有名なところでは、モルヒネ、ヘロイン、オキシコドンがある。

 アメリカでは中毒死が問題になっているくらいだ。

 それが経皮吸収になれば、肝臓を通さないので量を抑えることができる。


「でも、麻薬の製造は死罪ですわよ。芥子の栽培が見つかったらお終いですわ」


「そこはスキルで物質創造するから大丈夫」


「でも、流通させられませんわ」


「西で売ろう」


「なんデ・西?」


「オーリス、・の位置!」


 そんな会話をしていたら、屋敷にメガーヌがやってきたと家令が呼びに来た。


「やあ、メガーヌ。ここに来るなんて珍しいね」


「実は急ぎの用事で。悪いけど今すぐに一緒に来て。要件は道中話すから」


 と、メガーヌは俺の袖を引っ張っていく。

 オーリスは面白そうだと後からついてきた。


 道中で訳を訊くと、メガーヌの義父であるユーコンの元で料理人として働いているサクシードという若者が、ユーコンに料理を出したところクビを言い渡されたという事だ。

 美味い不味いで怒られるのではなく、いきなりクビを言い渡されるとはただ事ではない。

 さて、どんな理由があったのだろうか。


「ごめんなさい。サクシードからはわからないとしか聞き出せなくて」


 メガーヌが申し訳なさそうに答えるが、品管だって真因を聞き出すのは大変だ。

 特に、作業者が自分で後ろめたいと感じていることなら尚更だ。

 現在サクシードはティーノの店におり、ティーノが田舎へ帰るというサクシードに思いとどまるよう説得中とのことである。


「本人のやりたいようにさせてあげたら?」


「ティーノはサクシードはこれからもっと良くなると言っているわ」


「うーん」


 辞めたいやつを引き留めてもいいことなんてないというのは、何度も前世で見てきている。

 モチベーションが下がった状態でいい仕事なんて出来るはずがない。

 辞めたければ辞めてもらえばいい。

 残っているとかえって足を引っ張られることが多く、デメリットの方が多い。

 それに、もっといい職場なんて沢山あるのだから、わざわざこんな会社に残らなくてもねえ。

 同期で熱く夢を語って引き留めようとしていた奴の方が、先にうつ病になっていなくなったりなんて事もありました。


 結局道中では詳しいことはわからず、そのままティーノの店に到着した。

 今は仕込みの時間で営業はしていないため、店内には客はいない。

 店のテーブルにティーノと若い男性があい向かいで座っていた。


「彼がサクシードよ」


「思いつめた顔しているねえ」


 というのが俺の第一印象だ。


「アルト、よく来てくれたね。サクシードがどうして父ユーコンに怒られたのか一緒に探って欲しいんだ」


「そうだね。まずはサクシードに聞き取りか。アルトです。冒険者ギルドで相談窓口担当をしているので、今日呼ばれてきたんだ。料理も一通りできるから相談に乗る事は可能だと思うよ」


 作業標準書のスキルでそれなりに料理は出来るから嘘じゃない。


「アルトは僕の料理を完璧に真似出来るし、王都で人気の料理人クリオの味も再現できるんだ」


 とティーノが補足してくれる。

 それを聞いたサクシードは緊張した表情になる。


「そんな凄い人なんですか」


「スキルのお陰だよ」


 と謙遜してみせる。

 事実だし。


「まずは再現トライだね。試しに同じものをここで作ってよ」


「わかりました。でも少しだけ待っていてください。裏で気持ちを落ち着かせてきます」


 そう言うと、サクシードは出ていった。

 そして、程なくして帰ってくる。

 出て行った時と違って、顔には緊張の影も無い。

 かなり落ち着いた様子だ。

 気持ちを落ち着かせることが出来たようだ。


 そこからは料理が始まった。

 俺達はその様子を後ろから見ている。


「手際は悪くないな。というか、かなり良い」


 それが俺の感想であり、ティーノも同意してくれた。

 料理が完成して、テーブルに並べられる。


「これがユーコンに出したもので間違いない?」


「はい」


 サクシードは頷いた。


「残念ながらユーコンの言うとおりだ。サクシード、あんたには料理をする資格が無いよ。と言うのは管理者としての職務放棄だな」


「え?」


「なんで?こんなに美味しいのに」


 俺のダメ出しについて、サクシードとオーリスは理解できなかったようだ。

 でも、ティーノとメガーヌは気が付いた。


「この微かな甘ったるい臭いは粉タバコかな」


「そのとおり」


 ティーノはわずかに料理に残った臭いに気が付いていた。

 粉タバコは違法薬物ではないが、吸うと気分が良くなる代わりに、味蕾が鈍くなる副作用がある。

 それと、独特の臭いがあるので、粉タバコを手で触るとその臭いが移るのだ。

 今回はそれが更に料理に移ったということだ。


「さて、再現ができたところでなぜなぜ分析をしようか」


 いつものように、ここでなぜなぜ分析を始める。

 そこでオーリスが指摘をする。


「でも、結局は粉タバコを使っちゃいけないってルールが無かったところに落ち着くんでしょう?」


「確かにそうだね。粉タバコの臭いが移るのを知らなかったから、使用禁止のルールが無かった。でもそれだけじゃないんだ」


 いつもなら料理にタバコの臭いが移った>タバコを吸った>使用禁止のルールがなかった、なんていうなぜなぜ分析になっているのだが、今回はそれだけじゃない。

 もう少し踏み込んだ真因の特定が必要だ。

 オーリスが不満そうに俺に答えを求める。


「他に何があるっていうのかしら?」


「サクシードが粉タバコを使ったという変化点の管理が出来ていなかったんだよね」


「そんなことまで?」


 オーリスは驚く。

 だが、これは対策書で必ず確認しなくてはならない事だ。


「すいません、緊張して裏で粉タバコを吸いました。以前から緊張した時には吸っています。臭いがあるのもわかっていましたが、手を洗えばわからないと思っていました」


 サクシードがそう白状した。


 変化点は人の心境であり、見えにくいながらも把握すべきところになっている。

 寝不足、失恋、違法薬物の使用、老化など見えないけど品質に影響することなんて沢山ある。

 管理者の役割は、部下のメンタルヘルス管理も含まれていると思うぞ。

 コンプライアンス的に訊きにくいけど。


「悲しそうな顔しているけど、彼氏が浮気した?」


 なんて訊いたらまず間違いなく問題になる。

 が、過去にはそれで品質不良となったこともある。

 通常ではない精神状態ならば、それはつまり異常な訳だ。

 工程の作り込みで、心理的な変化にも対応するなんて無理だ。

 全自動のラインでも作るなら別だが、設定から全て自動なんてものは無い。

 結局最後は人なんだとなる。


 とある料理漫画で言えば、煙草を吸った良三の心の変化点を、管理者の中川が気づかなかった事にも問題があり、対策を立てるのであれば煙草を吸った事に対しては当然であり、煙草を吸うに至った心境の変化と、それを見抜けなかった管理者の対策までがワンセットになる。

 会社で例えるなら、焦っていたからミスをしたという作業者の言葉があった時に、普段は焦らなかったのにミスをした時は何故焦っていたのか、そして、その焦りを管理者は何故見逃してしまったのかを把握し、再作に繋げるべきなのである。

 弊社の場合は生産管理担当者のミスで、出荷予定を見逃していたのを製造に無理させて対応しようとしたなんてのがあった。

 そして、製造の管理者は作業者に「間に合わせて」の一言で済ませている。

 運悪く、その日作業者は残業出来ない状況にあって、とても焦ってしまったとなるわけだ。

 こうなると、対策すべきは作業者じゃないよねってなる。

 当然標準作業を遵守出来なかったのも問題だけどね。


「今回タバコの臭いが料理に移ってしまう事は理解できたと思うけど、じゃあ、次にプレッシャーのかかる場面に遭遇したらどうするのかってのはあるな」


 ティーノが頭を抱える。

 それは訓練しかないと思う。

 どんな時でも作業標準書を遵守出来るようになれば、平常心でいつもと同じ作業を繰り返すだけだ。

 それが難しいんだけど。


「ティーノは今でも忙しかったり緊張していつも通りの料理が出来ない事ってある?」


 俺はティーノに訊ねた。


「今は無いかな。忙しい時でも体が覚えた動作を正確にやってくれるよ」


「そうだね。つまりは繰り返し訓練することでどんな状況でも正確な作業ができるようになるんだ。サクシードも粉タバコに頼らずに、標準作業が出来るようになるべきだね。あとは、そうなるように指導しないユーコンも悪い」


「父には俺から言ってみるよ。サクシードにもう一度チャンスを与えて欲しいってね。それでだめならうちの店で修業させるか」


 ティーノがユーコンに掛け合って、サクシードはもう一度ユーコンの元で修業することとなった。

 その条件として、二度とタバコは吸わないという約束をすることになったが、本人も同意してくれた。




※作者の独り言

あの話を読み返して、こんな視点が抜けているよなって思いついたので書きました。

いままで出来ていたのに、どうして今回出来なかったのかって聞かれると、とても困りますよね。

特に生産から日数が経っていると、当時の事を思い出せないなんてことがあります。

それに比べたら、料理の直前にタバコを吸ったのなんて直ぐに思い出せますね。

対策書を書くのは大変だけど。

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