第372話 綺麗な事の基準
「アルト、聞いてくれ。俺にも彼女が出来たんだ」
「おめでとう」
最近閑古鳥が鳴いている俺の相談窓口にカイエンがやってきた。
眠気との終末戦争を繰り広げていた俺は、突然の横やりにぼんやりと反応する。
それがカイエンにも伝わったようだ。
「もっと喜んでよ!」
「何故?」
カイエンは不満を口にするが、俺としてはカイエンを祝う筋合いはない。
喜ばしい出来事ではあるが、俺には関係ないからな。
「ほら、アルトは俺たち冒険者の成長が成果だろ?」
「私生活までは関与しないぞ」
子犬のように目をうるうるさせるカイエンを切って捨てる。
私生活まで関与してほしいなら、日常生活の作業標準書を作らせるからな。
※別に品管だからといって、そんなことはしてません。
「で、用件は?まさか、彼女が出来た事だけを報告しに来たわけじゃないよな?彼女自慢なら街路樹相手にでもやってくれ」
国際的超A級スナイパーっぽく、カイエンの脱線を修正する。
それが依頼に関係ないことなら、俺は帰るぜ的な奴だ。
尚、利き腕を他人に預ける程自信家でもない。
本当は暇なんで、少しは惚気を聞いてあげてもいいんだけどね。
「まあまあ、ここからがいいところ……」
「いいところ?」
「いや、前提として彼女が出来たってのがあるんだよ。でね、冒険が終わったら直ぐにでも彼女の顔がみたいじゃないか。だから、冒険者ギルドで素材の買い取りやクエスト終了の手続きが終わったら、一目散に彼女のもとへと向かったんだ。どうだ、盛り上がってきたろ?」
「全然」
カイエンの中では物語のクライマックスへと向かっているみたいだが、俺は全く感情移入出来ない。
カイエンはそんな俺の返答を気にせず話を進める。
「で、彼女の家に行ってドアをノックした。すると返事が返ってきて暫くするとドアが開いたんだ。中からは女神が出てきて世界が光に包まれた」
「いや、創生神話を話したいなら酒場で吟遊詩人の真似事でもすればいいだろ」
「彼女の美しさはこんな程度じゃ表現できないけど、アルトが早く結論を聞きたそうなんでここまで削ったんだぞ」
カイエンが不満の口吻をみせる。
知らんがな。
相談内容にその彼女の容姿が関係するなら必要だが、多分そんな事はないだろう。
前世の作業者でも、不良のなぜなぜ分析のための聞き取りで、全く関係ないことを延々と喋るのがいたが、それを相手にしていた時の感覚が蘇ってくる。
酷いのになると入社した時からの会社への不満とかが延々と続くからな。
そして、その不満から不良へと繋がる訳ではない。
人生なんて有限なんだから、貴重な時間を無駄に過ごしたくないもんだが、なかなかどうして世界はそれを許してはくれない。
世界は……
「まあいいや、続けるよ」
とカイエンは言葉を発した。
言葉を……
「出てきた女神改め彼女は俺を見るなり『汚い』って言うんだよ。こんなに愛し合っているのに汚いってないだいだろ?で、帰ってって言うんだぜ」
「つまり、彼女に汚いって言われた原因と対策がしたいわけだな」
「そうだよ。最初からそう言っているじゃないか」
最初から言ってないよ!
と言い合いになるのも馬鹿らしいので、カイエンに聞き取りをすることにした。
しかし、これだけ話しておきながら、問題の原因が全く見えてこない。
なんで要点だけを話せないんだ。
ため息がでる。
「はぁ~、まあいい。カイエン、まずはその時の恰好を教えてくれ」
「迷宮から帰った足で向かったから、普通の防具のままだったよ」
「そうか、それだと綺麗か汚いかわからないな。まあ、普通に考えたら汚いんだが、帰れって言うほどなんだから、迷宮で相当汚れたんじゃないか?」
「言われてみれば、その日はオークの肉を集めるクエストを受けていたから、返り血がついていたな」
ちょっと頭痛がしてきた。
どこの世界に恋人に会いに行くのに返り血浴びた状態で行くやつがいるんだ。
映画の感動のラストシーンじゃないんだぞ。
「それを汚いって言った可能性が高いな。カイエン逆の立場で考えてみろ。血塗れの女が鉈を持ってお前のことを好きって言ってきたらどうだ?」
「怖いよ」
「そうだ、そんな女は三角関係のもつれから、妊娠したと言っている相手の女の腹を裂いた後に違いない。まことしね」
「うぐう」
「そっちじゃない」
「ナイスボート」
話がそれた。
真琴は生きろ。
綺麗とか汚いっていうのは、中々数値で表せないから難しい。
装置や製品であれば洗浄度の計測も出来るが、作業着が綺麗とか汚いっていうのはどうしても感覚になる。
そして、みんなが汚いって思っているのに、まったく洗濯しないで着続けている奴も一定数いる。
そういうのに限って作業着で会社外に出ていく。
困った連中だ。
会社の行き帰りは私服にしろとあれだけ総務から通達があるのに、一切守ろうとしないやつ程汚い法則に名前を付けたい。
おっと、綺麗の基準についてだったな。
綺麗といっても人それぞれでその判断基準は難しい。
特に一度使用した服については。
潔癖ならば一度使えば汚いとなるかもしれないし、汚れがついたら汚いと思うかもしれない。
流石に返り血は無いだろうが、食事の時のソースがはねた程度じゃ汚いと思わない人もいるだろう。
この辺は「有害なバリ無き事」にも通じるな。
有害の範囲が難しい。
そもそも有害って誰の判断基準だよって有害図書指定に質問している人もいるくらいだし、世間一般の枠がどこにあるのかなんて政治力次第だよね。
翻って、製造業に於いても有害や綺麗なんてものは声の大きい人の基準に寄っていく。
社長、取締役、部長、営業、客先のいろんな部署。
そのへんが「問題なし」や「問題あり」と言ったらそうなのだ。
特に社内は抵抗するのも無駄なので、出荷してやりましょう。
悩むだけ無駄です。
「まあ、真因がそこにあるのかどうか、その彼女に聞きに行こうじゃないか」
と俺はカイエンに促した。
多分それに起因しているとは思うが、思い込みは禁物だからな。
だが、彼は首を横に振る。
「彼女は昼間に会うのを嫌うんだ」
「何故?」
「田舎のお父さんが病気で、その薬代にお金がかかるんで、仕事を掛け持ちしているんだ。俺が会いに行って、経営者に目をつけられても嫌だから来ないでって言われているんだ。働いている場所も教えてもらってない」
「ああ、そうですか」
なんとなく不安が頭を過る。
「なあ、カイエン。いままで彼女に金の無心をされたりしてないか?彼女は本当にそこで働いているのか?」
「されたよ。彼女は俺の助けが必要なんだ!仕事はなんだっていいだろ」
ぐっと拳を握って力強く語るカイエン。
そんな彼をみて、病気のお父さんがいるといいねと言いたかったが、ぐっと呑み込んだ。
病気のお父さんがいても、いなくても大変ですね。
「よくそんな彼女と出会ったな」
「酒場で夜仕事をしている彼女に一目惚れしたんだよ。俺が必死でアタックしたら、そういう事情を打ち明けてくれたんだ」
カイエンにはもっと解決すべき問題があるようだ。
世界は汚い。
※作者の独り言
作業着汚い奴、洗え。
外観検査の見逃し、「自分の基準では綺麗です」って言う奴、お前の食器を同じくらい汚してやるからな!
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