第366話 皿屋敷 前編

「ゴーストが住み着いた屋敷が売れないから何とかして欲しい?」


「ええ」


 オーリスと家で夕食をとっていると、彼女はそうお願いしてきた。

 なんでも、知り合いの貴族からいわくつきだと言われて、無償で譲ってもらった屋敷があるのだが、いわくつきの理由がゴーストが住み着いていることだとか。


「それは霊媒士とかその類いの人に頼むのがいいんじゃないかな」


 食事をする手を止めてオーリスの方を見ると、少し不機嫌になったのがわかった。

 地雷を踏んでしまったかと緊張が走る。


「勿論、既に何度か依頼をしております。それも高名な片ばかりを。それなのに、一度も成功しないのですわ。なんでも、ゴーストの未練が強くて、現世との繋がりを断ち切れないのだとか」


「高名な霊媒士でも、か」


 さすがに、俺の考え付くことは、オーリスは先に試していた。

 それが全て失敗となると、ゴーストはかなり手強そうだな。


「ただ、最後に依頼した霊媒士が言うには、ゴーストの願いを叶えてあげれば、満足して神の元へと旅立つ可能性もあると」


「つまり、ゴーストの願いを叶えて浄化するもよし。実力でゴーストを浄化するもよしと」


「ええ、我が夫には非常に期待しておりますわ」


 そう言ってニコリと笑うオーリスに背筋が凍る思いがした。

 二人で泪橋どころか、独りでチャンピオンベルト取ってこいと言っている気がしてなら無い。


 そんなわけで、下調べをしたのち、俺たちはゴーストが住み着いたという屋敷の前にいた。

 俺たちと言ったのは、パーティを組んでここにやってきたからである。


 先頭に立った俺は、屋敷の門に取り付けられた南京錠を解錠すると、ゆっくりと門を開いた。

 長い間開かれなかった鉄の門は、ギギギという音を立てて観音開きになる。

 そして、一度仲間の方を振り返る。


「さあ、はじまるざますよ」


 と俺。


「いくでがんす」


 とプリオラ。


「フンガー」


 とシルビア。


「マトモに始めなさいよ」


 とオーリス。


 今回はこの四人でゴーストの浄化を目指す。


「なんでこんな変な掛け声かけてから屋敷に入るのよ」


 シルビアが不機嫌そうに俺に訊いてくる。

 もちろんそれには深い訳がある、わけではない。

 今回屋敷の情報を調べてわかったのは、ここの屋敷のメイドが主人が大切にしている皿を割ってしまい、激昂した主人がメイドを井戸に投げ込んで殺してしまったことがあったそうなのだ。

 そんな話が、怪物世界の王女と王子が王位継承権を争っている漫画になったなと思い出し、それが怪物の王子が日本にやってくるアニメのパロディだったなとなり、そのアニメのオープニングのパロディをしていたのが幸せな星のオープニングという、異世界には全く関係ない情報である。

 なお、今回割れた器でそばがきを作るという解決のしかたはないと先に言っておこう。

 今回割れたのは皿であって、茶碗ではないのでね。


 シルビアの質問を無視して、屋敷の敷地内へと足を踏み入れる。

 ゴーストが現れるのは建物の中だというので、ここでは特に問題も無く進める。

 しかし、手入れがされていない庭は荒れ放題で、雑草が元気に育っていた。


「手入れをするのにもお金がかかりますわね」


 オーリスの眉間にシワが寄る。

 屋敷の敷地面積はかなり広く、手入れをするとなるとそれなりの人手が必要になるな。

 場所はステラの貴族地区なので、ゴーストさえいなくなれば買い手は見つかるだろうが、現状引き渡しなのか、ある程度見映えを整えてからなのかで金額は変わってくるな。

 雑草を住みかとする虫たちに歓迎されながら、ドアの前までやってきた。

 人が住まなくなってから時間が経っているので、ドアが朽ちているかと思ったがそうでもない。


「現状維持の魔法がかかっておりますから」


 と、オーリスが教えてくれる。

 便利な生活魔法だな。


「ただ、定期的に重ねがけしないと、その効果も消えてしまいますわ。魔法文明時代みたいに、永続する仕組みがありませんので」


 そう付け加えた。

 そろそろ重ねがけしないとまずいらしい。


「さあ、ドアを開けるよ。ここからは突然ゴーストが襲ってくるかもしれないから、みんな気をつけて」


 そう注意喚起するが、今いるメンバーには不要かな。

 オーリスも戦闘力は低いが、攻撃をかわすのは得意だ。

 シルビアですらオーリスに攻撃を当てることは出来ないくらいに、その実力は高い。

 過信して欲しくはないが。


 奇襲される可能性もあるので、俺が先頭を切って中にはいる。

 エントランスホールから二階に上がっていく階段の上に彼女はメイド服の格好で浮いていた。

 今回の浄化対象の彼女が。

 調査によれば、彼女の名前はキックス。

 番町皿屋敷でも播州皿屋敷でも女の名前が「菊」だったなと思い出す。


「あなたたちは?やっぱりご主人様を殺したことで私を捕まえに来たの?あの後、私は自ら井戸に身を投げて命で罪を償ったというのに……」


 背景がうっすらと透けて見える彼女は、俺たちにそう訊いてきた。

 あれ?

 ご主人様を殺したのを命で償っただと。

 事前調査の結果では、大切にしていた皿を割られた主人が、キックスを殺して井戸に投げ捨てたはずだったが、自ら井戸に身を投げたのか。

 その後主人が頭部をこのゴーストに割れた皿で叩かれて死んだので、殺したとはその事を言っているのかな。

 記憶が混乱しているのだろうか?


「捕まえに来た訳じゃない。ちょっとその話を聞かせて欲しい。そうすれば君の望みを叶えてあげられるかもしれないから」


 交渉の結果、事件当日の事をキックスが語ってくれることとなった。


「あの日、ご主人様とそのお客様のお食事を準備しているときに、手が滑って大切なお皿を割ってしまったのです。不注意でお皿を割ってしまった私が悪いのもわかりますが、あまりにもガミガミと怒るご主人様に、私の方も我慢の限界が来ました。気がついたら割れた皿でご主人様の頭部を殴打しておりました。血を流して倒れるのをみて、いよいよ取り返しのつかないことをしてしまったと気づき、どうせ衛兵に捕まって処刑されるくらいならと井戸に身を投げたのです。ただ、最期にどうしてもご主人様に謝りたくて、こうしてここに縛り付けられております」


 彼女の語ったこれが真相だ。


「なあオーリス、こいつ――」


「それは駄目ですわ」


 俺の言いたいことを察して、オーリスは俺がそれ以上言うのを止めた。


「単にチート能力でこのゴーストを倒してしまったら、この小説の存在価値など無くなりますわ」


「そうね」


 シルビアとプリオラも同意して頷いている。

 そうだったな。

 つい、作業者が不良を出したときの言い訳を思い出して、かっとなってしまった。


 尚、このような気分になった作業者の言い訳ベストスリーは

・「俺の国では良品」

・「後工程で検査しているだろ」

・「品管が暇そうだったので仕事を作ってやった」

 だ。

 その時手元に鈍器がなくて本当に良かった。


「キックス、謝るにしても再発しない対策を考えてからにしようか」


「はい」


 俺の言葉に彼女が頷いた。



※作者の独り言

不良を出し後の言い訳に殺意を覚える事ってありますよね。

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