第363話 私能力は平均値でって言ってはみたが、バラツキの大きさはどうするの?工程能力が、が、が
規格値に収まっているのに、何故成績書の改竄をしなければならないのかというお話。
それでは本編いってみましょう。
「私の能力や外見、生まれる身分その他は全て、その世界での平均的なものにして下さい」
目の前の人物にそうお願いする自分がいた。
何故そんなことを言っているのか?
記憶を辿ればこの場面の直前に、トラックに轢かれそうな子供を助けようとして、自分がトラックに轢かれたのを思い出す。
やれやれ、お約束だなと心の中で苦笑いをした。
と同時に何か引っ掛かるものがあった。
「どうされましたか?」
目の前の人物――いやこいつは先程自分で神であると宣ったな――が俺が考えていると訊いてきた。
どう、っと訊かれても何ともいえない感覚なので説明が出来ない。
自分の発した言葉を反芻してみる。
能力、外見、生まれる身分、その世界、平均的、と発言をぶつ切りにしてみる。
そうすることでやっとわかった。
そうか、平均的が引っ掛かるのだな。
平均というものがいかに使えないかという例として、日本の校長先生の買春回数は平均で1.2回だ。
しかし、これは全員がそれだけ買春していたという訳ではない。
校長先生は約1万人、1人の校長先生が外国で買春をしており、その人数が1.2万人だったからだ。
しかし、平均を計算するとそうなってしまう。
製造業の品質管理でも、平均値なんてものは意味がない。
例えば、
規格値1ミリ±1ミリ
測定数N=30
これの測定結果が
0.4ミリ15個、0.6ミリ15個だとCPK1.639で不良率0.8788ppm。
すごく優秀な結果となる。
ところが、0.05ミリ15個、0.95ミリ15個だとCPK0.364で不良率274,833ppm。
全数検査していても不良が流出しかねない位に危うい。
どちらも平均値は0.5であり、規格中央からは0.5ずれていることになる。
そして、平均値でありながら、そんな数値になる製品がひとつもない。
極端な例ではあるが、平均値だから周りと同じであるとはいえないのだ。
あれ?
なんでこんな例えを出しているんだろうか。
なにか重要な事を忘れている気がする。
――品質偽装
そう声が聞こえた気がした。
そうだ、CPK0.364なんてとてもじゃないが客先に報告なんて出来ない。
レンジはそのままで中央値を移動させてしまおう。
レンジが変わらなければ、段取りで中央値がたまたまずれただけって言い訳が出来るはずだ。
そう、嘘かどうかなんて誰もわかりはしない。
そうしよう。
上下限を0.55、1.45に変更してみると、CPK0.728で不良率28,898ppm。
まだ駄目だな。
もう少し手を加えないと。
CPKは平均値が規格中央値になっているよりも、バラツキが小さい方がよくなるのだ。
偏りがあったとしても、バラツキが無ければかなり良い数値になる。
だからバラツキを小さくなるようにしないとな。
となると、測定方法を変えて測定してみよう。
測定位置を変えたり、測定器の当てかたで中央値に近い値が出るかもしれない。
それとも入力ミスにしようかな?
もっと狭いレンジに収まるようにすれば、CPKの数値は高くなる。
あれ?
どうして工程能力がない製品を測定で何とかしているんだろうか?
元々は能力は平均値って言ったよねっていうところから始まっていたのに脱線したな。
脱線ついでにいうと、あのアニメの作画の平均的なクオリティーはまあまあだったけど、一番悪かった回はどうだったのと問いたい。
それがCPKです。
たぶんね。
「そろそろこちらと会話をしてもらってもいいかな?」
俺がろくでもない思考に耽っていると、待ちくたびれたといわんばかりに神が訴えてきた。
ついついその存在を忘れていたよ。
「酷いな、目の前に居るのに忘れるなんて」
あれ、心が読めるのか?
「その通り」
どうも本当のことらしいな。
「そして、平均値を望む理由は目立ってしまい、品質管理部門に異動したくないからだ。君はずっとラインで作業していた方がらくだと思っている。それは事実だ。何せ品質記録も本当の事を書けばいいんだからね」
神は何でもお見通しだよと言わんばかりの笑みでこちらを見る。
いやらしい笑いかただな。
どこの第三者委員会だ。
ん、第三者委員会?
不穏な単語はさておき、品質記録に本当の事を書けるというのは魅力的だな。
なにせ品管の提出する成績書は中央値でなければならない。
理由は先程説明したように、工程能力が関係してくるからだ。
「中央値に出来ない製品を出荷するために、会社は品管に成績書の改竄をしろと圧力をかけてくるわけだ。そんなものは対策でも何でもなくその場しのぎなのにね。そして、一度やってしまった不正は次は心のハードルは一度目よりも低くなる」
その通り。
他部門は「前回も改竄したんだから今回もそれでいいだろ」と言うようになり、品質管理部門もそれでいいかとなっていく。
客先でもばれなかったし、市場での不具合も出ていない。
要求されるスペックが厳しすぎるのだ、使えるのだから問題ないと自分自身に言い訳できるしね。
「それでも君は保険のために、壊れたノギスや磨耗したねじゲージを隠し持っていたよね。騙すつもりはなかった。測定器の不備だと言い訳出来るようにね」
何故その秘密を、とは驚かない。
心の中を覗かれているんだからな。
データーロガーのついてないアナログのマイクロメーターなんかも愛用していたのはそんな理由だ。
タイムマシンでもない限り、故意であったというのは証明できないはずだ。
「結局君のやっていることは品質管理ではなく、品質管理をしていますというエビデンス作りでしかないんだよ。アパートを建てるためのローン審査を通過するために収入や資産を増やすのではなく、資産を持っているエビデンスを作っていた連中と同じじゃないか」
そうだね。
エビデンスさえ揃えてしまえば、つまりは揃えることが仕事であり、その過程はどうでもいいのかもしれないな。
「そんなのだったら品質管理のジョブなんていらないよね」
そうだな。
数値の改竄なら測定器を正しく使えなくても出来る仕事だ。
品質管理のジョブなんていらない――――
あれ?
なんでそんな話になっているんだ?
転生するのに能力は平均値でって言った事が始まりなんだけど、俺が死ぬときはトラックに轢かれたんじゃなくて、階段から落ちて死んだんだよな。
あれ?
前回俺は三途の川を渡ったはずだ。
神なんてものは出てきはしなかった。
――お前は誰だ?
その疑問が解決しないまま、目の前が眩しくなった。
そして、目の前には露出の高い美女がいた。
牙のはえた口と、細くて先の尖った尻尾があるが、そんなのは顔と体型の美しさに比べたら些細なことだろう。
「あれ、目を覚ましちゃった?」
美女に訊ねられ、俺はコクコクと頷いた。
寝起きに美女がいるドッキリかな?
今はオーリスという妻がいるので、ドッキリの方向が違う。
焼き土下座かエンコ飛ばすかの二択が浮かんだ。
それで完全に意識が戻った。
「まさかサキュバスの淫夢の秘術を破る人間がいるなんてね」
と解説してくれて、目の前の美女がサキュバスであることがわかった。
周囲を見れば、シルビアとスターレット、それにプリオラが倒れているのがわかる。
そうだった、四人で迷宮の探索をしていたんだった。
地下30階層で横穴が見つかったのだけど、冒険者に解放する前に、冒険者ギルドで調査をしようとなったのだ。
MMRのメンバーだとレオーネが戦闘が出来ないので、スターレットとプリオラを誘ったというわけである。
前衛三人と品管一人ってパーティ構成はどうなのかと思うが、暇なのがそれくらいしかいなかったのだ。
スターレットは町中にいるのを見つけたシルビアが無理矢理誘ったのだった。
「なんか、顔を赤らめながら寝返りをうってるんだが」
「みんな淫夢をみているからね。お前もかなり興奮したろ?」
サキュバスにそういわれて、夢の内容を思い返してみるが、興奮の方向性が違うな。
あれを俺の深層意識が求めているのなら、是非ともカウンセリングを受けたい。
できれば今すぐに。
イドは無意識であり、そこからリビドーが生まれてくる
ならば俺の意識の外で先程の夢のようなリビドーが有るのかもしれないな。
それを抑え込んでいるのがスーパーエゴか。
寝ている時は無意識だから、リビドーが抑えられないので、夢は全て性欲であるとかなんとか。
よく、仕事で追い込まれる夢とか、卒業して何年も経つのに単位を取得できずに留年する夢とか、全部俺の性的欲求でいいの?
助けて、フロえもん。
「もっとエロい夢を持ってこい!!」
俺はサキュバスをファイヤーボールで焼き払った。
サキュバスが消滅すると、三人は意識を取り戻した。
丁度いい機会なのでここで休憩にする。
「随分と悶えていた様だが、どんな夢を見ていたんだ?」
と訊ねると三人とも赤面して下を向いてしまった。
おぼこでもあるまいしと口から出掛かるが、すんでのところで呑み込んだ。
YES!コンプライアンス。
「そういうアルトはどうなのよ」
シルビアが訊いてくるので、俺は先程の夢の内容を教えてやった。
「工程能力がいまいちわからないのよね。数値が規定値に収まってれば問題ないんじゃない?」
シルビアの言葉にスターレットとプリオラも頷いている。
さて、どう説明しようかな。
その時、目の前でスープを作っている鍋が目に入った。
「例えばこのスープだけど、味見をするのはわかるよな」
「当然よ」
シルビアはバカにするんじゃないわよと言うが、なにもバカにしているわけではない。
理解しやすいように、身近なもので例えているだけだ。
「それが品質チェックだ。だけど、味見をするのは鍋の上の方だよな。それで鍋全体の味を保証できるのか?かき混ぜかたが悪ければ、塩がしたの方で固まっていて、上は味が薄く下は濃い可能性もあるよな。それをどうやって確認したらいい?」
「全部飲む?」
スターレットはそう答えた。
「そうだね。それが全数検査だ。だけど、それだと味見をする人しかスープを飲めないよね。だから、最初にレシピを決めるときに上の方、真ん中、下の方を味見してみるんだ。決められた塩と水の量で、決められた手順で作ったときの味のバラツキを確認しておくんだ」
「でも、それだと鍋の中の他の場所の味がわからないわよ」
今度はプリオラが質問してきた。
「だからバラツキを計算するんだ。三ヶ所のバラツキが小さければ、他のヶ所も似たようなものだろうし、バラツキが大きければもっと薄いところと濃いところがあると判断する。バラツキが小さく出来なければ、調理方法を変えないとダメだよね。小さな名部にするとか。若しくは、取り分けたスープを器ごとに味見をするか」
「そんなの、多少薄くても濃くても飲んじゃえば一緒よ。特にこんな迷宮の中じゃ贅沢も言ってられないわ」
シルビア目の前のスープを鍋から自分の皿に取り、口を尖らせてふーふーと息を吹き掛ける。
俺はそれを苦笑いしながら見ていた。
「そうだね。多少味が薄くても濃くても飲んでしまえる。そして、飲んでしまえばもとの味がどうであったとクレームをつけられても証拠がない。だから多少の味のバラツキは飲めるんだからいいやと客に提供しちゃうんだ」
他の二人にもスープを取り分けてあげる。
三人は俺の話にコクコクと頷いた。
ここまでは理解してもらえたかな。
「ただ、ここでスープの味を管理する団体があったとしよう。味見の結果を毎回記録して、それを一ヶ月に一度その団体に提出するとなったとき、ギリギリオッケーの濃い味があったら、鍋の中で味見をしてないヶ所はどうなんだって言われると、反論するのが大変なんだ。普通味見なんてのは上の方をすくって確認するだろうけど、味は鍋の下に向かって濃くなっていく事が多い。調味料は水より重たいからね。さあ、この時どうする?」
「客からクレームが来なかったって言ってやるわよ」
「私もそうね」
シルビアの意見にプリオラも同意した。
これは市場流出しちゃったけど、ユーザーからのクレームはありませんっていう奴だな。
リコールしたくないし、したとしてもサービスキャンペーン程度に抑えたい時の言い訳だ。
「私ならバラツキが小さいから、鍋の他のヶ所でも同じ味って言うかな」
スターレットはそう答えた。
「それにはバラツキが小さいというエビデンスが必要になるんだよね。最初にレシピを決めるときに測定した記録とか、それを何度か繰り返してもバラツキが小さかったっていうね」
工程能力の測定時は、複数回段取りをした中で測定品を抽出する。
スープでいえば、水や塩の量が毎回一定ではないし、具材から出てくる水分も違うだろう。
それに、かき混ぜかたが毎回同じとは限らない。
これが工場なら素材の成分のバラツキ、機械の動作のバラツキとなる。
「ま、そんな説明をするくらいなら、記録を改竄して毎回丁度よい味に仕上がってたって報告する方が楽だよね」
俺の説明に三人が納得したようだ。
ここで納得するから、品質を良くしようって考えにならないんだよな、と俺は後頭部を手で掻いて苦笑いをした。
※作者の独り言
前半部分暗すぎるよなー。
この物語はノンフィクションです!
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