第351話 校正してない!!

「絵から飛び出したユニコーンが、官邸の人々が処女かどうかを判定して困っているから何とかしてほしいと?」


「そうなんだよ」


 俺とシルビアはギルド長に呼ばれて執務室に来ていた。

 将軍の官邸には新しく赴任した事を記念して贈られた、ユニコーンの絵画があるそうなのだが、これが不思議な事に、夜な夜な絵画からユニコーンが抜け出すというのだ。

 そして、ユニコーンといえばセクハラモンスターだ。

 清らかな乙女としかふれあわない。

 TRPGでも、こいつが出てくると途端に話題が下世話になる。

 職場で例えるなら、見ただけで処女かどうかを判定できるスキルを持った中年男性の課長が、処女の女性社員としか会話をしない。

 どう考えても大問題だろう。

 コンプライアンス教育の敗北だな。


「それで、なんであたしたちなのよ」


 シルビアは不満そうにギルド長に訊いた。


「将軍からの指名でね」


 ギルド長は申し訳なさそうに言うと、頭を下げた。

 これはきっと、俺たちが官邸に出向いて、「では将軍、この絵からユニコーンを出してください」って言って終わりになるやつだな。

 多分、官邸にかかる橋には「このはし渡るべからず」って注意書きがあると思う。

 そうですよね、新右衛門さん。


 そんなわけで、新しい将軍になってから初めて官邸に入る。

 時刻は午後8時。

 夜な夜な絵画から抜け出すという話だからね。

 今度の将軍も白髪でがっしりとした体格で、素手でグリズリーを屠りそうな外見だ。

 とんち合戦の将軍様とはイメージが違うな。


「初めまして」


「よく来てかれたな」


 挨拶をして握手をかわす。

 大きな手でぎゅっと握られると少し痛い。


「失礼ですが、何故我々に依頼を?」


 軍隊のトップなんだから、自分たちでなんとかすることも出来たんじゃないかな?

 そんな疑問があったのでストレートに訊いてみた。


「男は受け付けないし、女はみんなユニコーンの判定を恐れて近寄らないんだ。出産したのはみんな退役してしまったしな」


「そうですか」


 この世界においても、結婚前は処女童貞であることが当然とされている。

 そんな倫理観なんて、西欧文明の入ってくる前の日本には無かったのに、文明開化以降いつの間にか定着してしまったな。

 それでも、高度経済成長までは地方にまでは波及していなかったのに、民族の大移動と共に情報が伝播してライフスタイルが一気に変わってしまった。

 せめて異世界くらいはと思ったが、ここでも駄目か。

 だいたい、ヴァージンである事が清らかなのか?

 子供を作るのは不浄とか、どう考えてもおかしいだろ。

 快楽のためにっていうイメージが先行しすぎなんじゃよ。

 おっと、社会学の時に感じた不条理をここでぶつけても仕方がないな。

 そのうちまたどこかで、言い足りない分を吐き出すんだろうけど。


 脱線を戻すと、男と非処女の女はユニコーンに近づけない。

 未婚の女軍人は近寄りたくない。

 じゃあ、処女じゃないじゃんっていうのは、言ってはいけない。

 そんなわけで困ってしまい、ステラの問題最終処分場である、俺とシルビアへの指名となったわけだ。


 絵画のある部屋に案内される。

 壁にかけられた絵画には、立派な角を持ったユニコーンが描かれていた。

 俺はここでおもむろに、捕縛用のロープを取り出して構えた。


「それでは将軍様、この絵画から虎……じゃなかった、ユニコーンを追い出してください」


 俺はとんち小僧よろしく、将軍にユニコーンを絵画から出すようにお願いする。

 絵画から動物が飛び出すなんて、ファンタジー小説でもあるましい、俺たちが将軍にからかわれている可能性の方が高い。


「追い出し方はわからんが、そろそろ出てくる時間だ」


 将軍は自分の腕時計をチラッと見た。


「アルト、ユニコーンが動き出したわよ」


 シルビアがユニコーンを指差す。

 俺も先程から絵画を見ていたので、ユニコーンが動き出したのに気がついていた。


「本当に出てきた」


 ユニコーンはみるみるうちに絵画から飛だしてきた。


「壁をすり抜けて外に行くからな」


 将軍から新情報がもたらされる。

 先に言ってほしかった。


 しかし、ユニコーンはシルビアの方にゆっくりと近寄っていく。


「あれ?」


「あれって何よ。あたしは未婚よ」


 俺のうっかりな一言に、シルビアから抗議が出た。

 まあ、本人が認めているから、そうなんだろうな。

 いや、まてまて。

 ユニコーンの判定が常に正しいなんて事があるのか?


「ユニコーン、訊きたいことがある」


 俺がユニコーンに話しかけると、奴は凄く面倒な顔をする。


「アルトの言うことに答えて」


 シルビアに言われて、ユニコーンは頷いた。

 なんだろう、単なる助平おやじにしか見えないんだけど。


「処女の判定ってなんでわかるんだ?」


「角で感じとるって言ってるわ。童貞の判定も出来るみたいね。やりたくはないって言ってるけど」


 どうやら、ユニコーンはシルビアにだけ伝わるように話しているようだ。

 シルビアが通訳してくれる。


「誤判定することはないのか?」


「無いって言ってるわ」


「角の校正は?校正証明書は?」


「校正がわからないみたいね」


 そうか、角の校正はしていないのか。

 だとしたら、今までの判定は本当に正しいと言えるのか?

 監査の時に校正してないノギスが見つかって、大変なことになった経験のある俺から言わせてもらえば、そんなもので判定した結果など受け入れられない。

 元々あったノギスが壊れてしまい、班長が個人的に持っていたノギスを使っていたのだが、どうして監査当日まで黙っていたのか理解に苦しむ。

 俺を苦しめるための嫌がらせか?

 ISO14001の審査当日に、ドラム缶の中でごみを燃やしていたのを見つかったくらいにやばかったぞ。

 それもそれでどうかと思う事案だったな。

 こんなのばっかり。


 そんな経験から、校正されていない測定器には厳しいのだが、当然のことながらユニコーンの校正なんてやっているわけがないので、そんな測定器から得られた判定など認めるわけにはいかない。

 多分全国の品管が頷いているはずだ。

 それをユニコーンに言ってやる。


「つまり、今ここでシルビアが処女だと判定したことは、正しいとはいえないってことだな。そもそも、処女童貞の定義もわからんが。特に童貞はどこまでが童貞なんだ?手でやっても童貞だけど、口なら?動物なら?そんな細かい条件を校正してない角で判定出来ているとは思えない」


「駄目よアルト。それ以上言うと、またBANされちゃう」


 そうだな。

 エッチなのはいけないと思います。

 色々とあって、削除した文章があってな。

 倫理的に許される限界値の見極めが出来ないので、今まで極力そういった表現は避けてきたんだった。

 高校時代の試験で「隣室からダンショウの声が漏れてくる」のダンショウを漢字で書くという問題が出題されたのだが、「男娼」って書いて不正解にされたときからなんの進歩もしちゃいなかったな。

 なお、不正解の理由は高校生としてふさわしくないだった。

 18歳になればAVも酒もたばこも解禁なのに、それはおかしいよね。

 酒とたばこは違った?


 気を取り直して、


「標準器を用意もしないで、校正も始業点検もしていない角で判定した結果を受け入れるほど、ここの品質管理はくさっちゃいない!」


 ビシッと言ってやった。


「じゃあ、ギリギリ処女とギリギリ童貞の標準器を用意しろって言ってるわ」


「ギリギリ処女とギリギリ童貞の定義がわからないぞ」


 そんなもの準備出来るわけもない。

 残念ながらユニコーンの校正証明書とトレーサビリティは発行できないな。


「将軍、ユニコーンの判定には確からしさがありません。ここで働く女性たちには『誤判定の可能性が高い』と伝えてください」


「わかった」


 これでユニコーンは処女と戯れても、それは単にユニコーンが処女だと思っているだけで、真実はわからないとなるわけだ。

 一安心だな。


 だが、不思議とその日を境にユニコーンが絵画から出てくる事は無くなった。

 元の素晴らしい絵画となったわけだ。

 絵画の鑑定なんて出来ないが、多分一級品。

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