第333話 転造タップ

「表面に傷がついちゃうんだけど、どうしたらいいかな?」


 エッセが俺のところにアルミ合金の丸棒を持ってきた。

 俺はそれを受け取り、傷がある個所を見る。

 端部に袋穴があいており、その内部にはネジがきってある。

 そして、端面には傷があった。

 傷の程度はRmax20.37だ。

 凹凸が0.02ミリ程度だと思って欲しい。

 Rzの方がよかったですか?

 誰に聞いているかわからないけど。


「キリコが原因か」


「うん」


 俺の言葉にエッセが頷いた。

 アルミ合金は粘るので、硬い材料に比べてキリコが繋がってしまいやすい。

 その結果、刃具に長いキリコが巻き付いて材料に傷をつけてしまうことがあるのだ。

 0.02ミリの凹凸など、使用上は問題ないことが多いのだが、仕上がり具合としては非常にまずい。

 アルミ合金に当たった光が乱反射して、見た目が非常に悪いのだ。


「加工条件を変更しても、同じような傷がでちゃってどうしたらいいのかわからなくなったんだ」


「なるほどな」


 キリコが出るのが問題なのか、キリコがアルミ合金に当たるのが問題なのか。

 どちらで解決すればいいだろうか。

 キリコを出さないようにするのであれば転造タップだし、傷がつくのを前提にしたら端面を削って仕上げればよい。


「転造タップ?」


 おっと、エッセは転造タップを知らなかったか。

 タップには二種類ある。

 一般的に知られているのは切削タップだろう。

 これはねじ加工するための刃物が素材を切削していく。

 それに対して転造タップは素材を寄せてねじ山を作る。

 わかりにくいかな?

 自分の腕でも腹でも指でつまんでみると、皮がよってしわになると思う。

 それがねじ山になっるイメージだ。

 これならばキリコは出ない。


「じゃあ、全部転造タップにすればいいじゃないか」


 とエッセは言うが、そう簡単にもいかない。


「材料が硬いと転造出来ないんだ。それに、転造タップは切削タップよりも大きな力が必要になる。まあ、それらをクリアーしたとしても、下穴の管理がかなり厳しいからな。下穴の精密加工が出来るオッティの作った工作機械ならまだしも、それ以外の工作機械だときちんとしたねじにならないかもしれないな」


 キリコで傷がつく以外は切削タップのほうがいい。

 転造タップは管理が大変なのだ。

 特に下穴の状態でねじの出来が左右されるので、真面目に保証度評価をすると、転造タップは全数検査しなければならない会社が殆どだろう。

 たちの悪いことにねじの工程能力なんてものは評価出来ない。

 ねじゲージを使って合否を確認するくらいなのだが、下穴の一部が大きくてねじ山が低くても、ねじゲージでは不良が発見できないのだ。

 ねじ山の一部が低かったとしても、ゲージは通ってしまう。

 ゲージが通るなら問題ないと思うかもしれないが、実はそうではない。

 ネジを使ってシールしている場合は、ねじ山の低さが致命的なのだ。

 例を挙げればドレンボルトだ。

 ねじ部にシール材を注入して密封性を上げているが、それは山があって機能する。

 下穴が大きくて、ねじ山が低ければ金属同士で密接する個所が無いため、シール材だけでの気密は出来ないのだ。

 まあ、その原因に辿り着くまでの調査の苦労といったらもうね……

 実際はドレンボルトじゃないですよ。

 念のため断っておきます。


 まあ、そんなわけで技術部門も転造タップは極力採用したくないと言ってはいるが、キリコに起因する不良が出るとなると、どうしても転造タップを採用してしまう。

 インサートねじならばとも思うが、インサートにすると費用が上がってしまい、競争力が無くなるのでそれも出来ないんだよな。

 どうしろと。

 品管に出来る事は不良がばれないように祈るだけです。

 そう、ばれなければいいのです。

 ねじ山先端のチッピングとか、機能に影響しないんだよっていう神の声が聞こえた気がします。


「まあ、転造タップって言っても現物をみないとだろうから、オッティにお願いしてタップを取り寄せるよ。こちらに届いたらエッセのところに持って行くから」


「ありがとうございます」


 ドワーフなので、見本があればその後は自分で何とかするだろう。

 工作をする為に神が創造した種族だからな。


 数週間後、オッティから転造タップが届き、エッセの工房へと届けた。

 エッセは直ぐに使ってみたいというので、そのまま俺も立ち会う。


「あー、確かにいつもよりも強い力を掛けないと、同じように回転しませんね」


 エッセは工作機械から伝わる感覚を教えてくれた。

 俺にはその感覚とやらがわからないので、素直に感心する。

 前世でも職人のおじいちゃんがフライスから伝わる感覚を教えてくれたのだが、どうしてもそれが俺にはわからなかった。

 「自動車だって毎日乗っていれば、路面から伝わる感覚がわかるだろうが」って言われて、なんとなくイメージは湧いたのだが、習得するところまではいかなかったな。

 その後も色々と条件を変えながら加工をするというので、新品のねじゲージを作成し渡しておいた。

 ねじゲージって意外と摩耗が早いからね。




※作者の独り言

転造タップはキリコが出ないのですが、ねじの品質保証が大変なので、出来れば使用したくないですね。

なんとかかんとか16949だと、ねじ部全数検査だとかなっていたりするので、それなら転造タップでもいいですけど。

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