第304話 代用シックネスゲージ

頭の悪い話が続いたので、少し品管らしい知識を入れた話を書こうかなと。

それでは本編いってみましょう。



 今日はオッティに呼び出されグレイス領に来ている。

 魔王と戦うための盾の試作品が完成したのだというのだ。

 その検査の立ち会いである。

 賢者の学院の一室に、オッティと数名の研究者がいる。

 皆、完成した机に置かれた盾を囲んで議論をしていた。


「これが盾の試作品か」


 俺もその環に加わり、盾を見ながらオッティに訊いた。


「そうだ、これが魔王と戦うための『アイギスの盾』だ」


 オッティの自慢気な声が耳に届く。

 盾を見ていて彼の表情がうかがえないが、きっとドヤ顔をしていることだろう。


「名前はアイギスなのか」


「イージスにしちゃうと、レーダーとかミサイルが欲しくなるだろ」


 俺の感想に、やや見当外れの答えが返ってきた。

 別にギリシャ語読みか、英語読みかを訊いたわけではない。

 アイギスの盾とは、ギリシャ神話に登場する盾だ。

 鍛冶の神ヘパイストスが作った盾で、ゼウスが娘のアテナに与えたとされている。

 諸説あるので、批判は無視します。

 イージスはアイギスの英語読みとなるので、イージス艦の名前の由来はこれだ。


「イージスでレーダーとかミサイルが欲しくなるなら、アイギスなら石化の効果が欲しくなるんじゃないか?」


 と返してやった。

 アイギスの盾は神話ではペルセウスがメドゥーサを退治したあと、その首を盾につけたため、見るものを石化させるようになったという。

 イージスがレーダーやミサイルなら、アイギスは石化だよね。


「勿論、付与魔法で石化の効果を付与してある。コマンドワードで発動するようになっているぞ」


 ぬかりはなかった!

 原作に忠実に、無差別石化でなくてよかったよ。


「じゃあまず、この盾の寸法が公差内であるか検査をしてみようか」


 オッティは盾を持つと、隣にある検査治具に乗せた。

 三点ゼロ受けのセクションが有り、その他の部分は1ミリ隙となっている。

 何故それがわかるかというと、セクションにクリアランスの刻印があるからだ。

 セクションにホームベース状のわくがあり、その中に数字が刻印してあるのだ。

 検査工程でよくみるやつだな。

 ホームベースの先端が指しているところが、その数値の分のクリアランスになっている。


「ゼロ受けが当たってないんじゃないかな」


「本当か?」


 俺の見た感じでは、一ヶ所がゼロ受けに当たっていない。

 とはいえ、自重落下でセットするので、受け面は表からは見えない。

 頭を傾けて、底面が見える位置に目を持ってこないとならないのだ。

 そんな検査治具多いよね。

 じゃあどうすればいいかというと、シックネスゲージを使ってゼロ当たりしているのを確認するやり方がある。

 シックネスゲージというのは薄い金属の板で、通常は厚み0.03ミリからラインナップされている。

 俺はスキルでシックネスゲージ作成を取得しているので、この場で作り出すことも可能だ。


「シックネスゲージを作るから待ってて」


 と俺がいうと、オッティがそれを制止した。


「紙で代用するさ」


 オッティは紙を取り出す。

 そう、紙は厚みが決まっており、よくシックネスゲージの代わりに使用したのだ。

 一般的な感熱紙が0.07ミリ。

 コピー用紙になると0.09ミリ、一万円札で0.10ミリとなっている。

 検査治具との接触の確認に使うには十分だ。

 場合によってはシム代わりに、金型に挟んでストローク調整に使う場合もあったな。

 一万円札は挟まないぞ。

 その時はコピー用紙だ。

 しかしだ。


「俺たちならそれでいいかも知れないが、ここにいる研究者は厚みが均一な紙なんて持ってないだろ」


 そう言ってやった。

 前世なら紙なんて当たり前に存在したが、ここは中世ヨーロッパ程度の文明の世界だ。

 どこにそんな製紙工場が有るというのだ。

 そんなもんがあったら、本須さんも下克上する必要なんて無かったぞ。

 たぶん。


「それを言ったらシックネスゲージだってオーバーテクノロジーだろうが」


「ぐぬぬ」


 思わぬ反論に言い返せない。

 いや、きっとこの世界のどこかに、品質管理のジョブを持った人がいるはずだ。

 神のギフトで同じスキルを持った人がいたら、それはオーバーテクノロジーじゃない。

 と思う。


「あの、形状確認は……」


 若い研究者の一人が、おずおずと申し出る。

 そうだ、今は形状確認をしているのだった。

 ゼロ当たりの確認が目的ではないので、さっさと確認をしてしまおう。

 オッティに紙で確認をしてもらうと、やはり一ヶ所が当たらずに浮いていた。


「形状不良か。工試に間に合うといいな」


「オッティ、ここに工試は無いぞ」


 オッティが前世を引きずっているので注意した。

 工試イベントに追われる俺たちはもういない。

 生試も量試も無いぞ、念のため。


 そんな世界に行きたい。

 あれ?


「グラビティ型を見直さないとなー」


 オッティの呟きが聞こえた。


「魔王と戦う勇者の盾ってグラビティで作っているのか?」


「そうだ、グラビティだ」


 うん、伝説の防具は大量生産だ。



※作者の独り言

紙やセロハンテープを現場で使うこと多いですよね?

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