第296話 お盆

「味は天然物と比べても悪くはないな」


 醤油とわさびの味で上書きされてしまいそうだが、俺はこれで満足できる。

 箸を置いて、オッティとグレイスの意見を待つ。


「鯛って言われてテラピアを食べさせられたときよりはマシね」


「テラピアなんてアジア料理の店位でしか食えないと思っていたが、寿司屋が鯛の代用魚として使いはじめてからは、知らず知らずのうちに口にしていたからな」


 グレイスとオッティはテラピアの話になっている。

 目的は鯛の養殖が、食える味になっているかということの確認なのに。

 そう、今日はジェミニに頼まれた鯛の養殖の、出荷前試食会なのだ。


「アルトはこれで本当にまんぞくなのか?」


「そうだけど」


 オッティの問いに、俺は答えた。

 養殖とはいえ、肉の弾力と味は十分だと思う。


「そんな味覚だと、天然と養殖の違いがわからない釣り客みたいになっちゃうわよ。釣竿の値段くらいしか自慢する事が無いでしょ。それに、翌日は二日酔いで釣りにならないわよ」


 相変わらずグレイスの指摘は的を外しているな。

 鯛は深海魚だから、糸が切れても浮き袋が急激な水圧の変化に耐えられず、水面に浮かんでくるんですよ。


「だいたい、天然と養殖のちがいがわからないのは、料亭の二代目も一緒じゃないか。絵を描いているだけで、料理の事なんかなにもわかっちゃいない」


「そういえば、あの時の絵はスズキと鮎だったかな」


「鯛じゃないわね」


 話がそれてきたので、もとに戻さねば。


「ジェミニに来てもらって、試食してもらうか」


 俺の提案に二人が首肯した。


「それにしても、もうお盆の時期か」


 オッティがポツリと言った。


「ここは地球と時間と暦が一緒だからな。今頃俺たちの家族も盆迎えに行っている頃だな。残念ながら還ることは出来ないが」


「は?あなた達何を言っているの?お盆は7月でしょ。今は8月よ」


 グレイスは嫌らしく、ニヤリと笑った。

 これは知っていて言っているな。


「お盆が7月なのは東京とごく一部の地域だろ。殆どの地域は8月だぞ」


 わかってはいるが、取り敢えず言い返した。


「それがそもそもおかしいのよ。新年も七夕も新暦じゃない。なんなら、ヴァレンタインやクリスマスだって新暦でしょ。最近じゃ赤穂浪士も新暦で討ち入りしているわよ」


「ヴァレンタインやクリスマスは旧暦で祝うところがあるのか?」


「潜伏キリシタンは旧暦よ!」


 なんとなく本当のような気もするけど、ここで潜伏キリシタンの事を確認できないので、真偽は不明だな。

 因みに、潜伏キリシタンは隠れキリシタンの中でも江戸時代限定の名称だ。

 今は信仰の自由が認められているので、潜伏する必要が無いからだ。

 きりはさておき、お盆が新暦と旧暦で統一されていないのは、結構大変なのだ。

 自動車業界でも、新暦でお盆休みを取られてしまうと、通箱が返却されなくて、入れ物をどうするのかという問題が出る。

 詰め替えは工数と品質に問題が出るからな。

 それなら新暦のお盆も休みにすればよいだろうといわれそうだけど、新暦のお盆が休みのところはまだ少ない。

 弊社だけ休みにしたら、納入に支障が出てしまう。

 もう、業界でどちらかに統一して欲しい。

 それが出来ないなら、旧暦の正月も休ませろ!

 アジア人労働者が勝手に休んで、ラインが維持できないんだよ!


「お盆が統一して出来ないから、疫病の工場稼働停止も一律に出来なかったんだよ。東日本大震災のときもだけど。元々のライン稼働率が違うっていうのもあるけどな」


 オッティが何故か転移後の話を知っているが、それを突っ込む俺もどうかと思うので、そういうことにしておいてください。

 みんな、この夏の暑さのせいということで……


「そろそろ、国が本格的にお盆を法律で決めた方がいいな」


「私達、異世界にいるけどね」


 俺とグレイスが遠くの空を見ながら、聞こえないであろう日本の政治家に意見を送る。


 なお、養殖した鯛はジェミニの合格を貰い、無事に出荷となりました。




※作者の独り言

作中に出てくる魚の名前と、自動車メーカーとは一切関係がありません。

美味しんぼのネタをいれたら、たまたま魚の名前と自動車メーカーの名前とが一致しただけです。

夏休みが二回あるのかどうか、自分にはわかりません。

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