第291話 昔からあるやつ
毎日不具合ばかりで、嫌になっちゃいますね。
ある朝、僕は製造の班長と喧嘩して海に飛び込んじゃうかもしれません。
お腹にはアンコではなく、脂肪が詰まっているので、比重からして海の底には行けません。
痩せよう……
今日は冒険者ギルドの中で、親方とギャランとジュークが頭を付き合わせている。
本人たちには悪いが、全くもって絵にならない。
どれくらいかとたずねられたら、バルビゾン派も筆を折る位にはだと答えるな。
どうしたというのだろうか?
「アルト、いいところに」
嫌な予感がしたので、足早に通り過ぎようとしたが、ジュークに声をかけられてしまった。
どうやら逃げ切れなかったようだ。
せめて、精一杯の笑顔で応えようか。
「なんですか?」
「そんな、露骨に嫌な顔するなよ……」
どうやら、俺の精一杯の笑顔は、ジュークには嫌そうにしていると取られてしまったようだ。
事実そのとおりなのだが。
「実は赤マンドラゴラのポーションの在庫が消費期限をこえそうなので、次の仕込みをしようかって相談をしていたんだ」
「赤マンドラゴラ?」
聞きなれない単語に、俺はジュークにおうむ返しに訊いた。
「赤マンドラゴラってのは、昔は高級ポーションの材料だったんだよ。今は技術の進歩で、普通のマンドラゴラから生産できるけどな。品質的には変わらないんだが、昔から赤マンドラゴラのポーションを使っていた冒険者が、年に数回購入しにくるんだよな」
ジュークはそう言って、指で後頭部をポリポリと掻いた。
「それの何が問題なの?」
「赤マンドラゴラは希少なので素材が高い。そして、あまり売れないから消費期限までの売上よりも、材料の仕入れの方が金がかかる。つまりは赤字仕事だ」
親方とギャランがうんうんと頷く。
「じゃあ、同じ品質の高級ポーションを買ってもらえばいいじゃないか」
ごく当たり前の疑問をぶつけてみた。
「そうしたいんだが、赤マンドラゴラのポーションじゃなきゃ駄目だって冒険者がいるんだよ。どんなに説明しても駄目さ。それに、冒険者ギルドの本部から、そういった需要が一定数あるうちは、供給を続けるようにって通達が来ているんだぜ」
三人は大きなため息をついた。
「赤マンドラゴラを煮るのに、鍋の段取り替えがまた大変でな。よく前の材料を落とさないと、混ざって品質が低下するんだぜ」
親方が額に手を当てる。
なんとなくだが、前世の旧車の部品を思い出すな。
十年以上前の車の部品でも、たまに注文が来ていた。
経年劣化や事故で交換する需要があるのだが、何せ数がでないので、段取りしたら赤字になる。
加えて、久しぶりの生産になるので、不良も出やすい。
何度かそういった部品で不具合を出してしまい、対策書を書かされたのだが、次が何年後の生産になるのかわからないような部品の対策書なんて、書いても意味ないだろ。
ルールではSOPでもEOPでも関係なく、不具合が出たら対策書になるから、仕方がないのだが。
「仕入れるのも大変なんだ。必要数が少ないから、冒険者がクエストを受けてくれなかったりするんだぜ。常時買い取りじゃないから、荷物に余裕のない冒険者はまず採取しない。そのせいもあって、買い取り価格が高くなるから、赤字が膨らむんだ」
まあ、そういうもんは、仕入れの価格は高いよな。
そして、販売価格に転嫁出来ないのは、ここでも一緒か。
「いっそのこと、消費期限を誤魔化して、古いやつを売っちまうか?」
「それは流石に駄目だろ!」
とんでもないことを言うジュークに釘を刺した。
前世なら、そんなことを言う営業に、リアルに釘を刺していたかもな。
利益優先ですから!
結局、今回も赤字が出るのは諦めて、赤マンドラゴラのポーションを作ることになった。
次も作るかわからないが、俺も今回立ち会って、作業標準書を作成することになってしまった。
次回は俺が作ることにならなければよいのだが。
「っていうことがあったんだよね」
冒険者ギルドの食堂で、シルビアと相向かいに座り、赤マンドラゴラのポーションを作る事になった話をした。
「そうね、あたしが駆け出しだった頃は、まだ赤マンドラゴラを採取している冒険者をよく見かけたわね。最近じゃ、めっきりみなくなったけど」
「ポーションを使ってみて、違いを感じるのかな?」
「少し味が違うくらいよ。値段を考えたら、今のポーションを買うわね」
シルビアはそういうと、俺の皿から肉を一切れ、フォークに刺して盗った。
「あっ!」
「情報料よ」
そう言うと、彼女は肉を口に入れる。
ぐぬぬ。
「それにしても、本部も酷いわよね。どこの冒険者ギルドも、経営状態が同じ訳じゃないんだから、少しは融通をきかせて、儲からない仕事はやらなくてもいいってしてくれないとね」
シルビアがまともなことを言う。
「どうしてこんな目に。ティア1が弱いから?ティアNは泣きわめくしかないのか?」
そうだ。
もうなん十年も前の建機の部品を、当時の価格で納入するのは限界がある。
金型のメンテナンス費用だって出ないぞ。
「駆逐してやる!!」
「アルト?」
「この世から……一匹……残らず……赤マンドラゴラを駆逐してやる!!」
そうだ、赤マンドラゴラがいなくなれば、10年以上前の車がなくなれば、そんな稀にしか売れない物を作らなくて済むじゃないか。
「それくらいにしておきなさい。いらない誤解を生むわ」
「何故?」
「エルディア人を支配している国の名前と、自動車部品メーカーの名前が一緒だからよ!抑圧的な何かの証拠があるわけでないのに、そんな話を期待されても困るわ」
「はい……」
危うく敵を増やすところを、シルビアに止めてもらったので、ここは俺の支払いとなった。
※作者の独り言
昔の部品が未だに注文されるのですが、価格は見直して欲しいです。
あと、大手の部品メーカーにはなんの恨みもないので、深読みしないでください。
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