第279話 限界を見極める
「アルト、すまんヒールをくれ」
ゲッソリとした顔のカイエンがやって来た。
隣にはナイトロが付き合っている。
「俺は品質管理であって、救護は専門外だ。他を当たってくれ」
「そこをなんとか……」
頭を下げて頼み込むカイエンに辟易してナイトロを見ると、彼は頭を下げて必死に謝ってくれる。
「ナイトロ、カイエンは見たところ怪我をしている様子はない。なんでヒールが必要なんだ?」
カイエン本人に聞いたところで、どうせ都合のいい事しか言わないだろうから、ナイトロに事情を訊ねた。
「実は二週間ばかり護衛の任務で遠出していたんだけど、カイエンは出発前に肉を買っていたんだよ。それを食べ忘れて出掛けちゃったもんだから、帰ってきたら腐っていたんだ。俺はやめろって言ったんだけど、カイエンは問題なく食えるって言って、食ったら下痢が止まらないって訳だ」
うん、頭痛が痛い。
さて、このままでは何も解決しないので、苦しそうにしているカイエンに質問をする。
「カイエン、なんで食えると思ったんだ?」
「ま、前に五日放置した肉を食えた経験があるから、今回もいけると思ったんだよ……」
「今回と五日の中間は?」
「ない……」
ふむ。
こういうものは少しずつ日数を伸ばしていき、限界を見極めるのがいいよね。
品質管理の担当者も、少しずつ傷の大きいものを出荷していき、どこでクレームがつくのかを見極めるのが経験値になるのと一緒だ。
出来ることなら、車両イベントのうちに見極めておくと、量産が始まってからの安心感につながる。
車両イベントだと万が一不良となっても、量産に比べて緩いからだ。
担当にもよるけど。
量産始まっているやつの、限界見極めは本当にドキドキする。
勿論、図面スペックを満足してないものは出荷しないのだが、図面の記載が曖昧や奴は勝負をかけることもある。
それは賞味期限の記載はあっても、消費期限の記載はない食品の限界見極めに似ているな。
時々スペックアウトしたものを納品した武勇伝を聞くが、真偽のほどは定かではない。
自分は怖くて出来ないが、確かに余裕代はあるので、使えることもあるのかなとは思う。
もう一度言うが、自分はやったことがない!
まあ、死んで異世界に転生しちゃったから言えることだけど、なんでもかんでも不良扱いにしていたら製造も嫌になるので、品質管理が責任を取って出荷することもあってもいいかなとは思う。
時々品質管理の経験値がとんでもないことがあって、製造がびびるくらいの傷を出荷することもあったりしたな。
前世の話だけど。
※この物語はフィクションです
「対策として、これから少しずつ日数の過ぎた肉を食っていこうか。なに、食あたりしたら治してあげるから。遠慮なく腐った肉を食べていいよ」
カイエンにそういってヒールをかける。
鏡で自分の顔を見たら、多分相当悪い顔をしているんだろうな。
「お腹痛くなるまで続けるのか?」
露骨に嫌そうな表情のカイエン。
「勿論。次からは限界もわかるだろうしね。ヒールもただじゃないよ。実験台になることで交換条件として金を取らないだけだからね」
そうしないと、本職に迷惑がかかる。
その後、カイエンは食材の限界を見極めるのが上手くなったとか。
※作者の独り言
他人の「これくらい大丈夫」は信じるな!
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます