第272話 絶体絶命 前編

 どうも最近冒険者ギルドの中に違和感がある。

 それは、等級の高い冒険者の数が少ないということだ。

 別に死んだり引退したわけじゃない。

 魔王マークⅡの軍団が攻めてきたとかいう話で、上位の冒険者達が他の街に向かってしまったのである。

 どうにも、国の軍隊だけではモンスターの数が多すぎて対応出来ていないのだ。

 それにしても、ステラの近辺では何もないのが気に入らない。

 標準偏差から大きく外れているのではないだろうか。


「あんたも仏頂面ね」


 品質管理部で机に座っていると、そこに不機嫌そうなシルビアがやってきた。


「あんたも?シルビアも不機嫌そうだね。どうしたの?」


 見るからに不機嫌そうなシルビアに、その理由を訊ねた。


「不機嫌にもなるわよ。こっちのヒロインはオーリス。あっちはスターレット。あたしはどうしたらいいのよ。おまけに、漫画のパロディはやらないと思っていたらパイナップルの兵隊ネタじゃない。中世でオリハルコン作ったと思ったらアルミだった奴でしょ!」


 ふむ、その不満はわからないでもない。

 だが、メインヒロインは一人だ。

 そんな、不倫した係長の奥さんが会社に乗り込んでくるような、何人もの女性に手を出すのは如何なものかと思う。


「まあそう言わなくても。そのうちどこかでいいことあるよ」


「そのうちっていつ?何時何分?いい加減なこといわないでよ!」


 駄目だ、手がつけられない。

 どうしようかと悩んでいると――


カンカンカンカン


 非常事態を知らせる鐘がけたたましく鳴らされた。


「シルビア!」


「アルト、外を見に行くわよ!!」


 二人で慌てて外に駆け出す。

 外に出ると街の住民が右へ左へと走っている。

 その方向に規則性はなく、完全に混乱しているように見える。


「なによこれ」


 シルビアは困惑している。

 状況が掴めないし、どこに行けば情報が入ってくるのかもわからない。


「そうだ、オーリスっ!」


 俺はオーリスの事が心配になり、彼女がいるはずの冒険者ギルドを目指して走り出した。


「ちょっと、アルト。どこに行くのよ!」


「オーリスが心配だから見てくる!」


「あたしも行くわ」


 シルビアがついてきた。

 そのまま二人でオーリスの冒険者ギルドに向かった。

 往来で右往左往している人たちの口からは、モンスターの襲来だと聞こえてくる。

 冒険者ギルドに入ると、受付でオーリスが指示を出していた。


「オーリス、無事でよかった」


 オーリスを見た途端に安堵した。


「アルト、ちょうどよかったですわ」


 オーリスは俺の方を見ると微笑んだ。

 事務的な笑みだ。

 その顔をされるとちょっと悲しくなる。

 場所が場所だけに仕方がないが。


「今、将軍からの連絡があり、ステラがモンスターに包囲されてしまったみたいですわ。魔王の副官から降伏勧告がきたと使者の方がおっしゃっていましたわ」


「な、なんだってー!!」


 思わずナワヤと驚きの声がハモった。

 ナワヤじゃなかった、シルビアだ。


「何でも、ベテランの冒険者が少ない状況で、軍だけでは戦力が足りないだろうとか言ってるそうですわ。冒険者ギルドに難易度が高い、他の街の救援依頼が多かったのも、考えてみれば魔王の策略だったのかも……」


 オーリスが顎に手を当てて考え込む。


「でも、なんでステラなのよ!軍事的な価値なんて無いわよ」


「シルビア、落ち着いて」


 オーリスに襲いかかるんじゃないかという勢いで、シルビアが迫ったのを制止させた。


「本人に訊くしかないよ」


 ここで俺たちが議論していても答えなんて出ない。

 不良を作った作業者抜きで、原因を探っているのと一緒だ。


「そうね、そうと決まればすぐに行くわよ」


「待って!」


 シルビアと一緒に冒険者ギルドから出ようとすると、オーリスが呼び止めてきた。


「どうしたの、心配なんていらないよ」


 オーリスが俺の身を案じてくれたのかな?

 しかし、その期待は裏切られた。


「アルトは私の依頼で動いているの、よろしいですわね。アルトの功績は当冒険者ギルドの功績。これ大切なこと」


 ハイライトの消えた目のオーリスが、俺の両肩をガシッと掴んだ。

 どこからこの力が出てくるのだろうか。

 背中に冷たいものが流れる。


「勿論ですよ」


 ぎこちない笑みで返した。


 外に出ると、どこに魔王の副官がいるのかわからないので、取り敢えず南の門に向かって走った。

 ステラには南北二つの門がある。

 過去に違う描写があったとしたら、それは多分幻覚だ。

 早めの診察をお奨めする。


「流石に門は閉まっているわね」


 シルビアに言われるまでもなく、見れば門が閉ざされているのはわかった。


「城壁に上ってみようか」


 石の階段を登って、城壁の上に出る。

 途中で兵士に止められるが、冒険者ギルドからの依頼であると伝えると、そこを通してもらえた。

 城壁から見下ろすと、ステラの周囲をモンスターが包囲している。


「不謹慎だが壮観な眺めだな。色々な種類のモンスターがいて、博物館みたいだ」


 圧倒的不利な状況に、なんだか現実離れした感想が出てしまった。

 流出不良の原因が金型にあり、金型をつくり直さないと良品が取れない時にもこの感覚を味わったな。

 絶望を味わうと、脳が現実から目を背ける。

 良品を取るなんて不可能だが、納入出来ないと客先のラインを止めてしまう。

 無理だよ。

 寸法が外れていても、使用上は問題ないから対策済みと嘘をついて納品するか?

 いや、そんなリスクは負えない。

 対策を待つか?

 いや、どこまでラインを止められるかわからない。

 焼き入れ無しの試作型で繋ぐしかないな。

 幸い金型用の材料はある。

 しかし、金型の加工が終わったら直ぐに初品を作って測定しなければならない。

 何時になるかわからないな。

 助けて、妖精さん。


「生きては帰れそうに無いわね。彼岸で兄さんになんて言われるかしら?」


 シルビアの悲壮感溢れる台詞で我に返る。


「大丈夫、最悪シルビアだけは逃げてもらうから」


「嫌よ。そんなことになったら、オーリスに一生恨まれるわ。死ぬときは一緒よ。向こうにオーリスが来るまでは二人で楽しみましょう」


 そんなことをしたら、オーリスが来たときに殺される。

 死後の世界で殺されるとか、どこの地獄だよ。


「あ、あれ!」


 シルビアが突然空を指した。

 そちらを見ると、コウモリのような羽根の生えた男がこちらに向かって飛んできていた。


「魔族か!」


「如何にも。魔王の副官クレスタ」


 クレスタと名乗った魔族。

 こいつが今回の首謀者か?



※作者の独り言

助けて!

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