第233話 長い髪
「きゃあ」
スターレットの悲鳴が迷宮に響く。
オークに彼女の長い髪を掴まれて、力任せに引っ張られそうになっている。
それを見て固まっている俺とは対照的に、シルビアが動いた。
パッと地を蹴り、スターレットの元へと向かう。
今まで足があった場所には土煙だけが残されていた。
5メートル程の距離はあっという間につまり、シルビアの間合いとなる。
彼女のふるう剣はあまりにも速く、銀蛇を描きスターレット髪を掴んでいるオークの手首を切り落とした。
そして――
「ブヒィ」
それがオーク、最期の言葉であった。
手首を切り落とした銀蛇が、次にオークの首に食らいつき、その命の火を消したのである。
どうも、吉川アルトです。
こんな解説をするくらいしか役にたちませんでした。
スターレットはいまだ髪を掴んだままの手首を外そうとしている。
俺もここでやっと動き出し、スターレットへと駆けていく。
「大丈夫か?」
「ええ」
俺の問いかけに、スターレットが答えた。
特に怪我をしたわけでもないし、本当に大丈夫なのだろう。
心配そうにしている俺とは違い、シルビアは怒った口調である。
「なんでオークに髪を掴まれるのよ。今の実力ならかわせたでしょ。油断してたわね。一人なら死んでいたかもしれないわよ!」
スターレットも言われてばかりではない。
「助けてもらったのはありがたいけど、油断って決めないで。たまたま髪がなびいてしまっただけよ!」
「それが油断よ!!」
なにやら言い争いが始まってしまったので、ハラハラしながらそれを見守る俺。
なんか、班長と作業者の喧嘩を見ているようだな。
迷宮に響き渡る御侠な声に耳を塞ぎたくなる。
そんな感じで言い争う二人を暫く見ていたら、突然こちらに流れ弾が。
「「アルトはどっちの味方なの!?」」
「えっ?」
どちらの味方といわれても、そんなの判断出来るわけがない。
そうた、こういうときこそなぜなぜ分析だ。
話をそらしてしまえ。
「不具合が出たらなぜなぜ分析だ。なぜ髪を掴まれてしまったのか真因を追求して対策をたてよう」
「「なぜなぜ分析!?」」
よし、取り敢えず二人の言い争いは止まったぞ。
このまま主導権を俺にしてしまおう。
「今回スターレットが髪を掴まれてしまったのはなぜだ?」
先ずはスターレットに訊ねる。
「オークの攻撃をかわすために、体を捻ったら髪がなびいたのよ」
スターレットはそう言って、体を動かして再現してくれる。
確かに、彼女の長い髪がなびいた。
体は別の場所に移動しても、髪がそこに残るのでオークに掴まれてしまったわけだな。
「髪がなびいたというか、髪がオークの手が届く範囲に残ったから掴まれたわけだな。じゃあ、なぜその範囲に残ったのだろうか?」
もう一度スターレットに訊ねる。
「長かったからね。短ければそんなことはなかったわ」
と、素早く返答がきた。
俺は首肯する。
「そう、髪が長かったからだ。じゃあ、なぜ髪は長かったのかな?」
「伸ばしたかったから。長い髪の方が自分を可愛く見せられるじゃない」
可愛く見せられるかどうかは知らないぞ。
それと、少しなぜなぜが脱線しそうだな。
軌道修正だ。
「冒険者には髪の長さをどこまでにするか、ルールはあるのかな?」
そう、そっちに誘導したかったのだ。
それにはシルビアが答えてくれる。
「ルールなんて無いわよ。髪を短くするか、纏めてヘルメットの中にしまうなんて常識でしょ」
「つまり、ルールはなかったと。それと、常識というなら、冒険者ギルドの教育係りのシルビアは、スターレットにきちんと教育をしたんだよな?」
俺がそう返すと、シルビアは首を横に振った。
決まった。
定番の教育をしていなかったの結論だ。
「つまり、今回のことは、スターレットだけの問題じゃなくて、教育係りのシルビアにも責任はある。髪を短くするかヘルメットの中にしまうということを教育してなくて、ルールもなかった。なので、スターレットは髪の長いままで戦闘になって、髪がオークの手首が届く範囲に残ったから掴まれた。こういうことだよ」
髪の長さか、処置をルール化して教育するようにしてやれば対策書は完成だ。
いや、流出対策として、冒険に出る前に髪がルール通りに処置されているか確認するように、始業点検表も改訂しないとだめだな。
そして、FTAを実施して、他の条件は対策されているのかを再検証するのと、FMEAでの再評価をしたのちに、定着検証のエビデンスを添付だ。
もちろん、水平展開として他の冒険者にも教育するぞ。
これで受領していただけますか?
実際はそこまでやらないけどね。
冒険者ギルドのはなしだよ、念のため。
エビデンスの捏造なんて、シェアハウス運営会社位しかやらんだろ。
製造業じゃ聞いたこと無いですね。
あ、どこかの企業が捏造して謝罪していたかも。
気のせいかな?
「さて、これで対策も決まったことだし、今日はこれで帰ろうか」
二人を促して、迷宮の出口へと向かう。
はて、迷宮に潜った目的はなんだったっけ?
※作者の独り言
長い髪が旋盤に巻き込まれたのを見たり聞いたりするので、冒険にでなくても、工場の現場に出るときは、長い髪は危ないですね。
今では殆んど髪についてのルールはあると思いますけど、昔は「そんなの当然だろ」で済まされてました。
怪我をする奴が悪いって雰囲気が無くなってきて良かったですね。
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